49 閑話 私を見通す人
ヴィオレット視点です
私、ヴィオレットにとって王子との婚約は自らに課された最大の責務だった。王子の婚約者に選ばれて将来の王妃になる。純金の宝冠を載せてリーズィヒ公爵家を高みへ導くこと。それが私の存在理由だと教えられて育ってきた。そして、7歳の春、リーズィヒ公爵家の悲願を背負って私は社交界に出た。
ヴィオレットは将来の王妃たれと英才教育を受けさせられてきた。その中で備わった特技、それは驚異的な記憶能力だった。顔と名前、一度見たら忘れることはない。毎日のように連れ回されるパーティー会場でひたすら挨拶に腹の探り合い。それがつらいとは思わない、これが私の仕事だから。
そして、今日は私の運命が決まる日。第一王子、カイザーの婚約者探しの茶会が開催される日だ。
王城の庭がよく見える一際大きな茶会室に国内の有力な貴族子女が集められている。私と同格の公爵家からは一つ年上のナロウ公爵令嬢、侯爵家となるとヴィンター侯爵令嬢など。伯爵令嬢までが集められていた。皆、挨拶から腹の探り合いだ。寄せられる嫌みや皮肉を私は笑顔で躱す。その裏で傷ついても気がつかない振りをして。
そして私は違和感に気がつく。何だろうこの胸の痛みは息苦しくなって思わずお手洗いに席を外した。こみ上げる吐き気に耐えきれずに私は吐いていた。
少しふらふらとしながら私はそれでも歩いて茶会室に戻ろうとした。必死に歩く。導かれるように道をたどる。そして私は一つの庭園にたどり着いていた。どうやら迷子になっていたらしい。青薔薇の咲く庭園は美しく思わず足を踏み入れてしまう。
「あら貴女、迷子かしら?」
私の前にふわりと美しい少女が現れる。黒く美しいドレスを纏った黒髪に青い瞳をしたその姿は愁いを帯びた神秘的な美しさがあった。
「っん! 貴女は誰ですか?」
「心配しなくても今は貴女に危害を加えるつもりはないわ」
今は?どういうことなのだろうか。
「今は?」
「そう警戒しても貴女は私に対抗する手段を持たないから仕方ないと思うけど」
そこはかとなく漂う強者感に引き返したい衝動に駆られる。それでも引きつけられるようにその場にとどまってしまう。
「では貴女の名を聞いても?」
「ヴァイスよ 貴女はリーズィヒ公爵令嬢ヴィオレットかしら」
「どうしてそれを…」
警戒が最大限必要だと本能が告げている。
「少し話をしていかない? せっかくお茶を入れたのだから話し相手が欲しかったの どうかしら?」
逆らえるような雰囲気ではなかったし、ヴィオレット自身お茶会に帰りたいわけではなかった。
「…はい それでは招待に預かりますわ」
ガセポに誘われる。ヴァイスと対面の椅子に座ってまっすぐその目を見て問う。
「貴女はどうやって王城に?ここはそうそう簡単に入れるところではないと思います 私は国中の貴族が集まる社交デビューで見かけた方はすべて覚えていますが貴女はその場にいませんでした 貴女は何者ですか?」
「何者と言われても、正面から入ってきたわ」
「質問に答える気はないのですね では、何が目的ですか?」
「いずれ来る悲劇の確認に、貴女達は求める純金製の優越感に何も意味などないことを知った方がいいわ」
純金製の優越感、それは私たちが求める王妃の座のことだろうか?王妃に与えられる純金の宝冠。これを手に入れろという父や一族のものの声が耳によみがえる。何の意味もない?それはどういうことだろうか。
「何をっ!」
スルリとヴァイスが私の頬を撫でる。
「ねぇ、貴女は何かを抑圧しているでしょう? あまり自分に嘘をつくものではないわ 壊れてからではどうにもならないわよ」
抑圧、私が押さえ込んできたもの…傷つく心の痛み、だろうか。壊れてしまう?それは怖い、壊れてなんてしまいたくない!ぱっとヴァイスを見上げる。すると、ヴァイスはサラリと私の頭をなでて立ち上がった。
「どこへ行くのですか?」
「これ以上の長居は無用 私は帰るわ 貴女にも直に迎えが来るでしょう」
「待ってください貴女は何を知っているのですか! 私をどうするつもりなのですか!」
私の叫びには答えずに一輪の青薔薇を残してティーセットごとヴァイスの姿は消えた。伸ばした手は中を切る。青薔薇だけがヴァイスがそこにいたことを示していた。
「リーズィヒ公爵令嬢? ああ、よかった会場に戻りましょう 急にいなくなられたので探しに来てしまいました」
王子だ。
「第一王子殿下、私のためにありがとう存じます」
「かまいませんよ 会場までエスコートしても?」
「はい 光栄ですわ」
そして会場に戻る。ずっと求めていた場所に夢見る心地になるはずなのに頭の中にヴァイスの言葉が頭にこびりついて離れない。私は嘘をついている?本当に私が求めるものは何だろうか。ヴァイスのりんとした姿とふと私に触れたいたわるような手のぬくもりが心に強く残っていた。
後書き失礼します。
ヴィオレット視点を書きながら思ったのですがセレナはヴィオレットとはずいぶん違う家庭環境です。公爵令嬢として必要なことは求められるけど過剰な期待や抑圧はない。自由な家風ですね。
さて、ヴァイスは何も考えずに放った言葉がヴィオレットを少し変えました。これが今後にどう影響してくるのか。
追記:庶民聖女の二次創作の世界のヤンデレヴィオレットを短編にまとめてみました。よろしければどうぞ。ヤンデレ難しいのでヤンデレを学ぶためにヤンデレカフェに行きたい作者でした。https://ncode.syosetu.com/n5619jc/