【3】三角楽の愉しみ
三角楽は、電子ブレイン室がどこよりも好きだった。
一連のスケジュールが片付いた後は、必ずこの部屋にくる。
「やあ!
みんな調子はどうかな?」
たくさんの黒い箱が規則正しく並ぶ、無人のこの電子ブレイン室で、独り言にしては少し大きな声を発した。
すると箱に付けられていた、小さなランプが三角楽の声に応えるかの様にポチポチ点滅を始めた。
千を越える電子ブレイン達のランプの瞬きは、まるで蛍の大群の様だ。
「よしよし
みんな元気みたいだな」
三角楽は自分の子供でも見るかの様に、黒い箱達にやさしく微笑んで見せた。
彼は中央の赤い箱の前まで歩くと、傍にあった椅子を引いて座った。
「さて…
今日も楽しいお仕事だよ」
チロチロとランプが点滅する赤い箱を確認すると、三角楽はタイプライターを軽快に弾きはじめた。
三角楽はこのたくさんの電子ブレインの助けを得て、今までの実験やシミュレーションを行ってきた。
きっとはじめて三角楽と共にこれを目にした者は、少なからず違和感を感じるだろう。
三角楽は電子ブレインに対して、まるで人の様に接するからだ。
この電子ブレインは、一般に言う電子計算機とは全く異なるもので、それはまるで知能を持っているかの様である。
かといって名前から憶測されがちだが、「箱を開けたら人間の脳が入っていた」なんて事はない。
過去にそういうものも確かにありはしたのだが、極めてオカルト的な研究だった為に国際法により禁止された。
実は電子ブレインについて、三角楽は何の資料も設計図も作成していなかった。
この実験のサポートが公に許可されたのは、性能実験の成績書だけは提出された為と、三角楽のそれまでの実績と、強い要望によるものだった。
三角楽は電子ブレインに封印を施し、解析される事への対策もしているらしい。
無理に箱を開けると電子ブレインの能力を失うと言うものだ。
そのせいで、箱の制作もメンテナンスを行えるのも三角楽のみに限られていた。
もちろんこの卓越した能力を世界が放っておく訳もなく、様々な条件を提示されたのだが、いまだ試験中と言うことや様々な理由により断っていた。
「うーん…」
赤い電子ブレインとタイプライターで会話をしていた三角楽がうなった。
暫くの後、またタイプライターを打つ、このやり取りが延々続く。
「ほぉ~」
三角楽はいつもこの様に唸ったり感心したり、時には笑い声を上げてこの日々の日課の一時を楽しんでいる。
こうして三角楽の1日はしめくくられるのだった。
──次の日の朝──
「エネルギーが足りない…ですか?」
「うん
発電所からの電力じゃね
あの程度はあってもなくても変わらない位の規模なんだよ」
ボクはまた三角楽博士の所に来ていた。
あの実験を本番で行うには、莫大なエネルギーが必要になるそうだ。
そりゃそうか、この星を何とかしようって程なんだし。
「そんなエネルギーなんてどうにかなるもんなんですか?」
「我々人間などちっぽけな存在なんだよ
そんな事が可能だとすれば神のみだろう」
おや?
何かおかしいな。
論理上には全ての問題は解決してるみたいな感じだったのに。
三角博士は手袋をすると落ち着いた手付きで、アルコールランプにかけたビーカーを取った。
「88度か…いい感じだ」
前は90度だったから、あれから2度も下がった様だ。
「神など信じちゃいなかったがね…
どうやら何らかの神の様な存在は本当にいる様だよ」
そういう三角楽の目は、いつになく厳しい眼差しだ。
これから三角博士がやろうとしている事は、神のみが可能な事で、その神は存在しているらしい。
「神様にお願い…なんて三角博士もロマンティストなんですね」
「だろう?
科学者は純粋でロマンティストなんだよ」
三角博士の入れてくれる紅茶はとても甘い香りがして美味しい。
これでカップがビーカーでなかったら文句なしなんだけどな。
──この世界には何らかの神がいる──
科学者である三角博士からの発言としては信じがたい言葉だった。
しかし、その言葉に諦めた感じはなく、結論を見いだしたかの自信が感じられた。
ひょっとすると、三角博士は「神」と言う記号を使って「計算式か何か」を組み立てているのかもしれない。
雨が降るのは雨雲の上で鬼が水をまいてるから、と言うのと同じなのかな?
実際には雨雲の上に鬼がいる訳じゃないし、雨が降る条件が揃ったから降って来てるはずだ。
きっと「何らかの神」も説明のつくものに置き換えられるかもしれない。
ならば、三角楽の言う「何らかの神」とは一体何の事を指しているのだろう。
『神様って
高~いお空の上にいるんだよね?』
ボクが考え事をしていると、宇宙ネコのココロが耳をくりんと回して言った。
ココロには人の考えてる事がわかる不思議な能力がある。
その為、ボクが何か考え事をしているとこんな風に応えてくる。
ココロにとっては話し掛けられてるのと同じ事なのかもしれないけど。
『凄く面白そうな話なの
わたしもっと聞きたいなぁ』
首をかしげて言うこの仕草がボクは大好きだった。
ココロは青く美しい色をしていて、月明かりを浴びるとは淡く輝いてみえる。
だから停電になった時、窓を開けて最初に見えるのは、いつもココロだった。
あぁ、もう1つ見えるものがあったっけ。
それがこのコバルトの六弦だ、ボクしか奏でる事が出来ない青く美しい不思議な楽器。
ボクはココロとコバルトって、どことなく似ているなと思った。
話がそれてしまったけど、ボクは「何らかの神」の話に凄く興味をひいた。
超常の現象ならここにもう起こっているんだ、更に神がいてもボクは不思議とは思わない。
そうだ、ココロを三角博士に会わせてみよう。
神がなんたるかが解るのなら、ココロの事も解るはずだ。
『ふむー?』
そのココロは首をかしげていた。
次の日、ボクはココロを連れて研究所にやって来た。
ココロの能力を目の当たりにした三角博士は少し驚き、額に人差し指と親指と薬指をあて、口をすぼめて変なポーズになった。
「うーん…これはこれは」
と、普段とは違う高く苦しそうな声で言うと俯いて、おかしなポーズで動かなくなってしまった。
「ココロをどう思いますか?」
すると、額の手をそのまま手のひらを上に向けるように差出し、ボクとココロをしばらく交互に見て手を差し出していたが、やがて口を開いた。
「これは驚いた…この子は凄いよ」
「えぇ
ボクもそう思います」
「私は人の思考と言うのは…例えるならそうだな
川を水が流れた結果の様なもんだと思っている
人それぞれが違う川を持っているから違う考えが浮かぶんだとね」
「はぁ…」
「だがね、
ココロくんがもし、他人の川を使って答えを導くとしても
流す水が何なのか分からなければ、肝心の答えに行き着く事は出来ない訳だ」
「はい、、」
「と言うことは
ココロくんは導き出した思考を直接読んでいるって事になるんじゃないかとね」
ボクは単純にそう思っていたけど、三角博士ともなるとそこに行き着く理由までが存在している様だ。
「そうなると
人の考えている思考そのものは何かのエネルギーとも思えてくるんだな」
「エネルギーですか」
「そしてココロくんは、そのエネルギーに干渉する事が出来る
そうする為に呼び水の様なものを使うのか
そもそも最初から人の思考は外に漏れていくものなのかまではわからんが…」
何かえらいことになってきたぞ、わき道にそれる事になったら困るな。
「染みだしているとすれば
例えば匂いみたいなものとか…」
『匂いじゃないの!
お話なのよ』
「えっ?そうなの?
せっかく楽しんでたのに」
三角博士は答えに行き着く過程の楽しみをとられてしまった様だ。
「仕方ない
本人に聞くのがやはり正しいしな」
三角博士は少々ご不満な様子。
「えーと、、
さっきお話って言ってたけど、それは耳で聞くものなのかな?」
『うん!耳だけだったり目でもだったりするの』
「ふむふむ
何もしなくても聞こえたりするのかな?」
『ん~ん?
よ~く見てるとね
段々聞こえて来るの
それでね触るともっと見えてくるの』
「おぉ!なるほどなるほど!
よーくわかったよ
ありがとう!」
『どうもいたしまして』
ココロは三角博士にニコッとすると、彼もココロに微笑んで返した。