表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人外さんと人嫌いちゃん

作者: 下菊みこと

触れている内容自体は表現は可能な限りマイルドにしていますが、人間ちゃんの過去が悲惨です。虐待とかのレベルではないです。おおよそ人間扱いを受けていません。


マイルドにしているので多分R15で許されるはず…はずですがトラウマ注意で閲覧注意です。


けれど、人間ちゃんは本人にとって精一杯の幸せを得ます。


なので安心して読んでとは言えませんが苦しいのも大丈夫な方は…人間ちゃんの幸せを祈りつつ読んでいただけたら嬉しいです。


それではよろしくお願い致します。

「…」


雪の降る中、惨めな生き物を見つけた。


別に瀕死というわけでもないが、痣と傷だらけの身体、ボロボロの服。


体も顔も悪くはないが良くもない、ただ虐げられているのが一目でわかるのが悲惨でなんとなく見つめてしまう。


惨めなそれは視線に気づいたのか緩々とこちらを向く。


その目は俺を捉えた瞬間、キラキラと光を放った。


「…助けてもらえるとでも思った?」


「いえ、滅相もございません」


「…ふうん」


嘘ではない。


ならばその目はなんなのか。


「ツノが…」


ああ。


ツノ…角。


俺の、証。


「…」


「…」


これを見つめるのに夢中になって、隠すのを忘れていたらしい。


ならばこれは殺さなくてはならない。


…が、なんとなく。


これが俺のことを言いふらすのが想像出来ない。


だって、こんなにもキラキラした目を向けてくる。


「…はぁ」


なんとなく。


持って帰るかと、気まぐれを起こした。













「お帰りなさいませ、旦那様」


「ただいま、みんな」


角は完璧に隠す。


優しく振る舞う。


面倒くさいが、必要なことだった。


「おや、それは…」


「ん?拾い物だよ」


…ああ、一応。


保険はかけなければ。


「日の光に弱い子だから、どうか外に出ようとしたら止めてあげて」


嘘っぱちも良いところだ。外に出さないための戯言。


しかし奴らは、欠陥品を見る目でこれを見つめる。


「…はい」


「あと、この通り。酷い目に遭ってきた子だから、必要以上に話しかけるのは禁止。まずは俺が安心を与えてやらねば」


なんとお優しい、と声が上がる。


うるさい。


一方であれはと言えば、俺の腕の中でおとなしくしている。


俺を見つめる目はキラキラしていて、嘘に対する抗議すら見えない。


「この子の部屋は…」


ちらりと見れば、キラキラとした目のまま怯えが滲む。


ひとりにしないで。


…馬鹿な子の馬鹿な望みが聞こえた気がした。


「…いいや。用意しなくて」


「では、物置にでもおきましょうか」


「俺の部屋で飼うよ」


ざわざわとうるさくなる。


あれはと言えば、驚いた表情のくせにキラキラが増す。


馬鹿だなぁ。


「いけません、旦那様…それは…」


「おや、俺に意見?」


優しげに微笑んだまま小首を傾げれば、全員が黙る。


わきまえているうちは、お前らと同じ人のふりをしてあげよう。


まあ、殺してしまってもいいけれど。


人の補充など、簡単だ。


愚かにもキラキラした目を向けてくるこれと、媚を売るだけで内心どう思っているかなどわかりきっている目障りな奴ら。


優先順位は、初めからつけている。


「今日からは、二人分。飯を部屋に運ぶように」


「…はい」


部屋に戻る。


これの服や必要なものはどうするか。


…いや、いらないな。


全部共有でいいだろう。


俺のものを、与えてやろう。


「…えっと」


おずおずと口を開くそれに目を向ける。


「…ありがとうございます?」


「なんで疑問形」


「ええ…いや…うーん?」


はてなをたくさん浮かべる。


自分の状況も理解していないらしい。


が、俺に向けた目はキラキラしている。


さっき見たとき、一瞬だけ奴らへ向けた目は酷く冷めていたくせに。


ああ…数百年ぶりに、珍しい感情を得た気がする。


…愛玩、かな?


「とりあえず、食事をとるといい。怪我の手当ては面倒くさいから風呂の後で」


「はい」


「お疲れ様」


頭を撫でる。


きょとんとする。


言われていることがわからないらしい。


…そんなボロボロになるまで耐え忍んでいたことを、労っているのだけど。


まあ、せっかく愛玩するのであれば頭が鈍い方が可愛いというものだ。


「旦那様、食事をお持ちしました」


「うん、ありがとう」


奴らは俺の腕の中にいる…いわゆるラッコさん座りという状態にあるこれに対して嫌な目を向ける。


むかつく。


視線を下に向けてあれを見れば、怯えたように身体を竦ませ俺に寄りかかりさも恐怖したような様子のくせに。


目だけ、異様に冷めていた。


…ぞくりと腹が疼く。


欲だとわかるが、これがどんな欲がわからない。


「…旦那様、そのような汚い娘にそのように寵愛を与えるのは」


「ふふ、おかしなことを言う」


寵愛、なんてものじゃない。


ただの愛玩。


「さあ、この子に食事を与えるから下がっていいよ」


有無は言わせない。


出て行け。


不満げな様子で部屋を後にする奴らに呆れつつ、腕の中のこれに声をかける。


「大丈夫かい?」


「あなた様が居ますので」


「なにそれ」


くすくす笑う。


こんなに穏やかに笑うのはいつ振りだろう。


「ほら、俺が食わせてやろう」


俺はふと興味を持ち、これに手ずから食事を与える。


最初に遠慮こそしたが抵抗もせず俺の腕の中で、俺が口元へ持っていく食事を素直に口に入れる。


…食事は、これと俺のを交換した。


これに与えられた飯があまりにも粗末で、俺は基本食事などそもそもいらないし。


「お前はまるで雛鳥のようだね」


「ひな…」


「良い子」


愛玩というのは、こんなにも心満ちる行為なのか。


面白い。


頭を撫でてやれば、目を細める。


ああ…馬鹿だなぁ。


「食べたね、偉い偉い」


「ご馳走さまでした」


結局全て食べ終えるまで手ずから与えて、その後風呂に連れて行く。


俺の部屋は風呂付トイレ付だ。


奴らに与える大浴場になんかやらない。


「入ろうか」


「はい」


一応俺は男で、これは女なのに臆面もなく脱ぎ出す。


馬鹿で可愛い。


まあ、これの予想通り人間に欲情などしないけど。


身体を洗ってやり、全身の傷を改めて確認する。


可哀想に、ボロボロだ。


性器も含めて。


ただ、まあ、病気はないのはわかる。


俺は人間ではないからね。


病気でも別に、腐り落ちて死なない限りどうでもいいけれど。


「お前、よっぽどだねぇ」


「そうですか?」


きょとんとする。


だがわかっていないわけではないらしい。


おそらくなにもかも実感がないのだろう。


頭の中の回路を、自ら焼き切ったのだとわかる。


愚かで愛おしい。


「さて、湯船で温まろう」


傷は痛いだろうが、俺は温まりたいしこれをひとりにする気もないので我慢させる。


痛いだろうに、湯船で俺に抱きしめられて心底ほっとした顔。


馬鹿だなぁ。


「言いたくないなら答えなくてもいいけれど」


「…?」


「…お前、前の」


飼い主は?


とは聞けなかった。


理由なんぞ知らない。


聞きたくないと思った。


俺も馬鹿かもしれない。


「前の…服は捨てていいかい?俺の服を与えてやろう」


「わーい」


言葉の割に平坦な声。


でも、俺に向けた目はキラキラしている。


可愛らしい。


風呂から上がると、俺のタオルで身体を拭いてやり俺の服を与えてやる。


下着などいらないだろう。


肌の上に俺の服を着る。


だぼだぼ。


上等なものを身に纏うのに、みすぼらしい。


そして、ボロボロにされた小さすぎる身体に似合わない大きな胸がはだけて見えてとてもいやらしい。


俺は欲情することはないが、奴らには見せられない。


…ますます部屋から出せないな。


「…?」


「お前、似合わないねぇ」


「うっ…」


「ふふ…」


傷ついた、みたいな目をされても。


キラキラは、隠せていないよ。


「さあ、眠ろうか」


布団の中にこれと入る。


別に正直なところ睡眠も必要ないが、なんとなくこれは共寝をして欲しいだろうと気付いてしまったから。


腕枕してやれば、控えめに俺に縋り付く。


変な意味じゃないのは知っている。


そもそもこれがそういうことが嫌いなのは想像がつく。


そっと背を撫でてやれば、幼子のように眠りについた。


「お前やっぱり、よっぽどだよ」


愛らしくて、可愛らしい。


愛玩に値する。


心が安らぐ一方で、何故か同時に腸が煮えくり返るような感覚もある。


そう。


これの前の飼い主が、なんだかとても気に入らない。

















しばらくが経つ。


あれは飽きるどころか日に日に俺へのキラキラが増す。


そんなに俺が好きかと問えば、驚いた後笑顔で頷く。


俺も、あれに飽きることがない。


愛玩とは、こんなにも良いものだったかと毎日驚く。


そんなある日のことだった。


俺が仕事で、あれを部屋に残して屋敷内の別室にいた時。


禁を破った者がいた。


俺は、屋敷内のことはすべて把握できるというのに。


「雛鳥様」


部屋に残したあれに扉を隔てて声をかける男がひとり。


話しかけるなと言ったのに。


「…」


雛鳥、などと呼ばれていることを知らないあれは声は聞こえたようだが首をかしげる。


俺が前に、屋敷を訪れた友人についあれを自慢したのだがそれを盗み聞きされてからあれはそう呼ばれている。


最初こそ忌み嫌われていたあれだが、その後はあのあまりにいやらしい姿にあてられた男は何人かいた。


手を出してきたのは、初めてだが。


「雛鳥様は日の光を浴びれないとお伺いしました。それどころか、旦那様の部屋からすら出られないご様子で…僕、その、雛鳥様に花を持ってきたのです」


男は部屋に入ろうとはせず、扉の前に花をおく。


あれも、自分のことと気付いたらしい。


眉をひそめる。


喜ぶ様子はない。


「叶うことならあなたに、美しい世界を見せて差し上げたい。叶うことはないのでしょうが…」


おかしなことを言う。


あれは、今ではその世界とやらを捨てて自ら望んで俺の腕の中にいるというのに。


「だからせめて、美しい花を」


そう言って部屋を離れる男。


あれはしばらく気配を伺い、男のいないことを確認してから扉を開けて花を拾い中に戻る。


扉はしっかり閉めた。


「…彼の方以外からの贈り物はいらない」


ぽつりと。


聞こえているなど知らないくせに、点数稼ぎですらなく呟く。


美しい花は、一瞬でゴミになった。















愉悦。


そんなものを感じたので、男のことは放置してやることにした。


















男は懲りない。


俺の目を盗んでは度々あれに贈り物をする。


まあ、見えているのだが。


その度にあれは眉をひそめる。


男はそうとも知らずに言葉を尽くす。


…あれが絆されるなど、思いもしなかった。


「雛鳥様…どうか、扉を開けていただけませんか」


馬鹿なことを言う。


特別言いつけているわけでも約束をしているわけでもないが、あれが自ら開けるわけがない。


そう思ったのに。


扉が、開いた。


瞬間、考えるより早く体が動いた。


「ぐえっ…!?」


屋敷内なら瞬間移動、というのは可能。


そのままの勢いで蹴りを入れる。


男が、開いた扉から部屋になだれ込む。


あれは扉の前にいたが瞬時に身を捩り避けた。


よかった、必死すぎて考えてなかったが怪我をしたら大変だ。


素早く扉を閉める。


「だ、旦那様…っ!?」


「…おや、誰かと思えば。この子に話しかけるものだから、てっきり不審者かと。屋敷の子なのに、蹴って悪いねぇ。でも、この子を連れてきた時に俺が言ったことを覚えていなかった?」


がくがく震える。


もう遅い。


口を開いてきゃんきゃん吠えるが、言い訳など聞かない。


不快なのでそのまま、首を刎ね飛ばした。


ああ、せっかくのこれとの部屋が血で汚れた。


さて、これにはどう説教をすべきか。


後ろを振り向く。


あれは腰を抜かしていた。


青ざめていた。


それはいい。


その目にキラキラは見えなかった。


…何故。


男ひとり、目の前で殺したくらいで。


何故?























腹が立つ、クラクラする、一つ間違えば殺してしまいそうだった。


けれど。


これを失えば、多分、なにかが終わる気がして。


そう、自分そのものが終わる気がした。


「…」


あれには近づかない。


近づけば殺してしまう。


その代わり、目の前の肉塊を踏みつける。


肉塊が潰れ、俺の足の裏が真っ赤に染まろうとも。


腹の虫が治るまで。


肉塊が、形を完全に失う頃ようやく落ち着いた。


「…」


振り向く。


どうやってあのキラキラを取り戻そうかとあれを見る。


あれは、こちらを見つめていた。


腰を抜かしたまま。


畳に失禁して。


顔を青ざめさせて。


恐怖に固まり、怯え。


キラキラと輝く目を、こちらに向けて。


「…ははっ」


一気に脱力した。


なんだよ、変わってないじゃん。


命の危機を感じて、それどころじゃなかっただけか。


馬鹿だなぁ、男を連れ込んだくらいでお前を殺すはずがないのに。


本当に、馬鹿。


キラキラがなくなったからと、殺さなくてよかった。


血も拭わず、動けないあれをラッコさん座りしてやる。


あれはさっきまでとは別の心配を浮かべた。


「なに?」


「あの、あの、畳を汚してしまって…ごめんなさい」


「それで?」


「あの、今抱っこすると汚れてしまうのでは…」


「別に、畳も服も新しくすればいいんだし。少しお話したら風呂に入るから問題ないよ」


そういうものか、という顔をする。


馬鹿だなぁ、可愛いなぁ。


頭を撫でればいつも通り目を細める。


なんならいつもより嬉しそう。


本当に馬鹿だなぁ、お前をそんなに怯えさせたのは俺なのに。


「でも、ちょっとお説教」


「はい」


「あの男のどこに絆される要素があったの」


やはり番が欲しいのか、と続けようとしたが…あれの顔を見てやめた。


絆された、なんてことなかった。


めちゃくちゃ嫌そうな顔をされてしまった。


「…まあ、お前が人に絆されるわけないか」


「はい」


「なんで扉を開けたの」


「開けろと言われたので」


そうだった。


これは今の今まで虐げられていたので、基本従順だ。


俺への従順さとは、また別のもの。


「…ああ、これは」


俺が、悪いな。


お前がどれだけ人間に怯えて嫌悪しているか、もっと理解するべきだった。


逆らえなくされているのも、わかってやるべきだった。


「…次はもっと早く助ける」


「え、はい」


助けてくれるのか、と驚いているのがわかる。


「…今回だって、ちゃんと今助けたでしょ」


「助け方がおかしい」


ぎょっとしているが、まあ、助けるのが主目的じゃなかったのはそう。


「ごめん」


「え」


お前が俺以外を拒絶するのが嬉しくて、お前に助け船を出すことをしなかった。


酷いことをした。


なんて、言えないけど。


「…風呂、入ろうか」


「はい」


今日はうんと、甘やかしてやろう。
















ある日、屋敷の門を乱暴に叩く男がいた。屋敷の奥、俺たちの部屋にいるこれは気付かないが…暴言を聞くに、これの元飼い主だ。


吐き気がする。


腕の中にいたこれに、絶対に大人しくしていろと言い聞かせて出る。


屋敷の奴らは、男を追い返そうとしていた。


この頃には『雛鳥様』はやっと俺のお気に入りだと全員に受け入れられるようになっていたから。


『雛鳥様を守った方が、旦那様への点数稼ぎになる』


なるほど、よくわかっているらしい。


「おや、騒がしいね。どうしたの?」


「旦那様!」


「このクソアマァ!!!ここにいるのはわかってるんだぞ、出てこい!」


「…あー」


さも今知りました、という顔をする。


「旦那様、雛鳥様は必ずお守りいたしますのでご安心ください」


「そうだねぇ、ありがとう。けれど、俺が出るよ」


「ですがっ…」


「可愛らしい雛鳥を掠め取ったのは俺だからね。まあ…今更、他の男の元へなど返さないけれど」


女でもそうだけどさ。


「では、その間雛鳥様は…」


「部屋に置いてきたから大丈夫」


奴らは顔を見合わせる。


まるで、本当に心配そうな顔をしているように見えた。


そんなはずがないのだけど。


門の外に出る。


門が開いて、男が入ってこようとするのを腕を掴んで連れ出した。


男は抵抗するが、俺の力は舐めてはいけない。


人間並みに出力を調整することもできるけど、基本馬鹿力なのだ。


折ることだって、できる。


「なんだテメェ、俺は女を迎えにきたんだ離せ!」


「…」


屋敷からそれなりに離れた。


もういいか。


「俺の可愛い雛鳥に傷をつけたのはお前?」


「あ?」


「あの子をあんなに傷だらけにしたのはお前?屋敷に来て随分経つのに、未だに治らない痣がある。俺の雛鳥をなんだと思ってるの?」


男はきょとんとした後、何故か笑った。


「あいつ、雛鳥なんて名乗ってんのかぁ?似合わねぇなぁ」


「愛らしいでしょう?俺の腕の中で歌う姿はまさしく雛鳥だよ」


別に変な意味ではない。


ラッコさん座りのまま、俺に楽しそうに話しかけてくる姿の話。


が、勘違いしたらしく激昂する。


「あんだけ躾けてやったのにあのクソアマァ!!!また中をズタズタにしねぇとわかんねぇのか!!!」


「あー…」


まあ、そうだよな。


こいつだよな。


死ねよ。


…まあ幸い、そっちはもうだいぶ良くなったけれど。


結局その後も感染症を引き起こさずに済んでいるし。


使ってないしね。


「さて、どうしようかな」


「あ?」


「俺はね、お前にこそ躾が必要だと思うのだけど」


たっぷり躾けた後、殺してやろう。















おおよそ人体に施せる拷問の全てを試してやろう、そう思ったのに半分くらいでとうとう根をあげた男。


いや、逆によくここまで耐えたね。


本当に人間?


その執念深さであれを追い詰めていたのなら、あれの在り方が歪んだのもたしかに納得できる。


むかつくなぁ。


あれにこの男が刻み込まれているみたいで。


はやく忘れさせたいが、人間は無駄に記憶力が良いのが困る。


…だから代わりに、あれに俺を上書きしよう。


たくさん愛玩して、幸せだけを植え付けよう。


行為はしないのでそっちはどうしてやることもできないけれど…。


欲があるわけではないが、それでもそっちの記憶も本当は上書きしてやりたい。


けれどあれはそっちの意味で触れると発狂しかねないからなぁ。


だからはやく帰ってやりたいが、最後にひとつだけ。


「あの子を呼ぶのはいいけれど、あの子は俺の雛鳥だよ」


「いや、あいつは…俺の、俺だけの八重だ…」


八重。


そんな名前知らない。


聞いたこともない。


今屋敷にいるのは名もない雛鳥だよ。


俺だけの、雛鳥。


「…うるさい」


最後に腹を割いて、臓物を取り出して終わらせた。


うるさい、うるさい、うるさい。


あれは俺だけの雛鳥だ。













屋敷の奴らは、余計な詮索はしなかった。


が、何故か心配そうなのであの男には手切れ金を支払って追い返したといえばほっとした様子。


それはどういう感情なのか。


あれの姿にあてられただけの、汚い物と違う気がしていっそ不快だ。


あれは俺だけのものなのに。


「…勘違いしないでね」


「旦那様?」


「雛鳥は、俺の雛鳥だよ」


それを、あの男から守るという意味だと受け取ったのか。


嬉しそうな様子もまた、不快だ。


角が出てしまわないよう、さっさと部屋に戻ってあれを見つめたい。


あれのキラキラした目を、見つめたい。


部屋に戻れば、あれはいた。


屋敷の奴らも余計なことを言わなかったらしい。


怯えることもなくいつもの様子で俺を出迎える。


腹の虫が治った。


「おかえりなさいませ!」


「ただいま。いい子にしていたかい?」


「はい!」


頭を撫でれば目を細める。


俺だけのお前。


生涯唯一の、俺の愛玩の対象。


きっと、お前が寿命を使い果たした時には俺も共に逝く。


…お気に入りなんだ、とてもとても。


「お前は本当に可愛いねぇ」


「えへへ」


「さあ、遅くなってすまなかったね。食事にしよう」


「はい!」


冷めてしまったそれを下げさせて新しいものを、と思ったが、これが強請るので冷えたご飯を手ずから与える。


俺の可愛い雛鳥。


永遠に、俺の腕の中で歌っていて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ