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◆婚約者選抜試験

 


 婚約者という地位を得るための、試験が始まる当日の朝。



 爽やかな気分とは程遠い。

 試験会場へ向かう途中、一生分の注目を浴びた気分だった。



「ねぇ、見て。あの人よね?」

「頬がまだ赤いわ」

「あの噂は本当なのかしら…?」



 ひそひそと、城内で働く使用人たちの声が耳に届く。

 その度に、前を歩くシェリル様が足を止めそうになり、私は小さく「大丈夫です」と口にした。



 試験会場として指定された大広間へ足を踏み入れると、既にそこにいた婚約者候補とその侍女や護衛から、一斉に視線を浴びる。


 その中で、一際鋭い視線を向けてきたのが……そう。元凶であるルイーゼ・ツェラーその人だ。


 私はその視線に気付かないフリをしたまま、昨日の出来事を思い出していた。






 ◆◆◆



 何だか扉の外が騒がしいな、と思ったのと同時に。



「シェリル様はいらっしゃるかしら?」



 不躾にも、ノックも何もなく扉が開け放たれた。


 ポカンと椅子に腰掛けたままのシェリル様と、扉の近くにいた私。

 我が物顔でズカズカと足を踏み入れてくる一人の女性の背後から、焦った様子の護衛が追いかけてくる。



「も、申し訳ございません!我々の制止も聞かず、この方が―――…」


「お黙り!誰に向かって口を利いているの!」



 尖った甲高い声でピシャリと遮られ、護衛がその場で固まる。

 私は努めて冷静に見えるよう、ニコリと笑みを浮かべてその女性に声をかける。



「ええと、ルイーゼ様……ですよね?突然何のご用ですか?」


「あらなぁに?侍女の分際で。貴女に用はなくってよ」



 ………一発殴ってもいいかしら。

 口元が引きつるのを感じながら、とりあえず黙る。すると満足したのか、ルイーゼ様はシェリル様の方へ視線を向けた。


 シェリル様はというと、今は眉を寄せてルイーゼ様をじっと見ている。



「……私に用があるのですか?」


「ええ。そうよ、シェリル様」


「どのようなご用でしょう」


「ハッキリ言うわ。エレフィス様の婚約者候補の座を、辞退して欲しいの!」



 思わず耳を疑うような台詞が聞こえた。

 それはシェリル様も同じようだった。



「……ええと?」


「嫌だ、シェリル様って私よりお若そうなのに、お耳が遠いのかしら?」



 私がすうっと瞳を細めたのにも気付かず、ルイーゼ様が続ける。



「ですから、婚約者候補を辞退して欲しいの!わたくしに譲って欲しいと言うことですわ」


「どうしてですか?」


「どうしても何も、エレフィス様に一番相応しいのは、わたくしに決まっているでしょう?」



 うふふ、と顔を綻ばせるルイーゼ様に、流石のシェリル様も表情を繕うことは出来なかったようで。何を言っているんだこの女は、とでも言いたげに眉を寄せていた。


 それは全くその通りで、エレフィス様の婚約者候補が他国との結びつきを望んで決められたものだとしたら、その中で一番相応しいのは、アルテシア国と並ぶ大国の王女であるシェリル様だ。



「まず最初にシェリル様にお声がけしましたけれど、このあと他の方たちにも辞退を勧めるつもりなのよ」


「………せん」


「え?何かしら?」


「辞退など致しません」



 ハッキリと、凛とした声でシェリル様が告げた。

 心のなかで拍手を送っていると、一瞬何を言われたのか分からなかったのか、ルイーゼ様が目を瞬く。



「……何ですって?」


「ですから、辞退など致しません、と申し上げたのです。私はエレフィス様の婚約者の立場を望んで、今ここで自分の足で立っています」



 カタン、と音を鳴らしてシェリル様が椅子から立ち上がる。その華奢な身体から発せられる気迫のようなものを感じたのか、ルイーゼ様が一歩下がった。



「そ、そんなこと言っても、どうせ選ばれはしませんわ。所詮、大国の王女という肩書しかないのですから。貴女みたいな勘違いの小娘に―――…」


「ルイーゼ様?」



 自分でも思ったより、ドス黒い声が出た。

 ビクリと肩を震わせたルイーゼ様が、声の主を探して振り返る。



「……これ以上、私の大切なシェリル様に戯れ言を吐かないでもらえませんか?」


「な、何ですって?」


「シェリル様、先に中庭へ出ていて下さい。これ以上、今日の予定を遅らせる必要はありません」



 今日の予定は、本当はこのまま自室で礼儀作法やマナーの復習をするつもりだった。でも、変更せざるを得ない。

 これ以上、ここでシェリル様に対する暴言を本人に聞かせるなんて、とても耐えられないから。



「リーチェ…」


「私は平気ですよ、シェリル様。……貴女たち、シェリル様をよろしくね」



 心配そうに私を呼ぶシェリル様を扉へ促し、私と一緒にこの国へ来ていた侍女と護衛に声をかける。

 二人が頷き、部屋を出たことを確認して、呆然とこちらを見ていたルイーゼ様へ向き直った。



「……あ、貴女…こんなことをして許されると思っているの?」


「こんなこと、とは?私はただ、仕える主を次の予定へ送り出しただけですが」


「話はまだ終わっていなかったでしょう!?」


「話、とは?もしかして先程の、身の程もわきまえない不躾な提案のことでしょうか?」


「なっ……!」



 怒りからか、ルイーゼ様が顔を真っ赤にして唇を震わせている。でも残念。私のほうがもっと怒っていますから。



「気付いていないようですから、忠告して差し上げます。貴女が一人で勝手な言動をする度に、一番被害を被るのは同じ国の王族であるエレフィス王太子殿下ですからね?」



 アルテシア国唯一の婚約者候補だというルイーゼ様の言動が、他国から見れば、そのままアルテシア国の評価に繋がるのだ。

 正直、宰相の孫娘だという理由で婚約者候補に上がったと知らなければ、評価はもちろんマイナスだった。



「シェリル様が、貴女様に侮辱されたと、声を荒げたらどうします?それこそ国と国の問題に発展してしまったら、誰が責任を取ることになるのでしょう?」



 冷ややかな視線を向けると、ルイーゼ様は唇をキュッと結び、コツコツと高いヒールを鳴らしこちらへ向かってきた。

 少しは事の重大さに気付いたのかと思えば。


 次の瞬間、乾いた音と共に頬に痛みが走った。



 まさか叩かれると思っていなかった私は、衝撃で横に倒れ込む。

 自分で起き上がるより先に、乱暴に髪を掴まれ上を向かされた。



「………っ、」


「本当に生意気ね、侍女のくせにっ…!」



 ルイーゼ様はそう吐き捨てると、私を突き飛ばす。近くの椅子にぶつかり、ガタンと音を立てて倒れた。



「まあ、いいわ。このわたくしに楯突いたこと、あの王女共々覚えていなさい。国と国の問題の責任…でしたっけ?せいぜい自分の身を心配して、明日を迎えるといいわ」



 悪女のように笑みを浮かべ、ルイーゼ様は部屋を出て行った。

 ヒールの音が遠ざかってから、私はようやく深く息を吐き出す。



「……やってしまったわ…」



 自分の失態に大きく肩を落としながら、シェリル様に申し訳ない気持ちで立ち上がると、私はとぼとぼと中庭へ向かって歩き出した。





 ◆◆◆



 ああ、今思い出しても腸が煮えくり返りそう。

 同時に、シェリル様に申し訳無さが募る。



 あの時、何とでも言い訳出来ると思っていた。平然と、階段から滑り落ちたとか、そんなことを。


 でも、シェリル様と共にエレフィス殿下がいたことは全くの想定外だったし、ゼレン様が私に駆け寄ってきたのも信じられなかった。

 さらには骨張った温かい手で触れられたものだから、平常心は遥か彼方へ投げ捨てられてしまった。



 嘘を突き通せず、そのあとエレフィス殿下と側近と共に、聞き取り調査が行われた。

 私が話している間、シェリル様はずっと心配そうに私の手を握ってくれていた。


 その後、ルイーゼ様にも同じように聞き取りをするとエレフィス殿下は言っていた。



 そして昨夜の内に出回った噂は、こうだった。



 ―――エレフィス王太子殿下の有力な婚約者候補であるルイーゼ様に嫉妬して、テノルツェ国王女の侍女が嫌がらせをした。ルイーゼ様の護衛が体裁を加えたが、ルイーゼ様の心はひどく傷ついている―――



 その噂を誰が流したかなんて、分かりきっている。

 そして彼女は、自分が手を上げたことをさり気なく護衛に擦り付けていた。

 あの場には護衛の姿など無かったというのに。



 噂で嫉妬をしたとか言うのが、シェリル様でなく侍女の私になっていたのがまだ幸いだった。

 ルイーゼ様がどこまで考えているのかは分からないけれど。



「……リーチェ」


「はい。シェリル様」


「貴女の名誉の為にも、私は正々堂々と勝負するわ」



 薄紅の瞳がキラリと輝く。何かの決意を秘めたシェリル様は、美しくも格好良いのだ。



「ありがとうございます」



 心の底からの感謝でお礼を言うと、シェリル様は満足そうに顔を綻ばせた。

 周囲の視線が、その花のように可憐な少女へ集まる。ほう、とため息すら聞こえてきそうだ。



 その時、大広間の扉が開いた。

 騎士がぞろぞろと入ってきて、その後ろに国王陛下、王妃陛下、エレフィス王太子殿下が並んでいる。

 さらにその後ろには、ゼレン様を含めた数名の騎士の姿が見えた。それぞれの護衛たちかもしれない。



 広間にいた婚約者候補及びその側近たちは、一斉に跪く。

 何故だか「えっ」と短い間抜けな声が聞こえたけれど、どこかのご令嬢がポツンと突っ立っているのかもしれないなと思った。


 僅かな沈黙の後、国王陛下の威厳ある声が響いた。



「全員、面を上げよ。此度は我が息子エレフィスの婚約者となる者を選別する場に、はるばるお越しいただき感謝する。二日という短い期間ではあるが、全力で試験に臨んでくれると嬉しい」



 国王陛下が隣で優雅に立つ自身の妻に視線を向けると、王妃陛下は美しい笑みを浮かべ、艷やかな唇を開く。



「エレフィスの婚約者となる方は、いずれ国王を支える妃になるということです。くれぐれもそのことを念頭に置いていて下さいね」



 国王陛下と王妃陛下が人一人分の距離を空けると、そこへエレフィス殿下が歩み出た。



「私はまだまだ未熟者です。ですが、婚約者になった方とは、お互い支え合いながらアルテシア国を導いて行きたいと思っております。―――では、始めましょう」



 こうして、婚約者の選抜試験が幕を開けた。



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