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◆情報交換という名のデート

 


 ……困ったわ。どうしましょう。



 ガーデンパーティーの翌朝、私は片手を頬に添え、思い悩んでいた。

 目の前には、今日の分で用意していた着替えが一着。侍女として身につけている、いつものシンプルなワンピースだ。


 予定では今日も少し国内を散策し、一泊してから明日の朝にアルテシア国を出発する……という手筈になっていた為、私は常にシェリル様の側に控えることを想定し、着替えは侍女の服しか持ってきていなかった。



「うーん……これではあまりにも…」



 ブツブツと独り言を呟きながら、もうこれしかないものは仕方ないと諦め、身支度をする。

 それから、シェリル様の寝室の扉を軽く叩き、可愛らしい声の返事を聞いてから中に入った。



「おはようございます、シェリ……」


「ちょっと待ちなさいリーチェ。貴女……今日は出かけたいって言っていなかった?」



 挨拶を遮り、シェリル様が寝巻き姿のまま目を丸くしてそう言った。

 対して私は、やっぱりそういう反応になるわよねーなんて呑気に思いつつ、ニコリと微笑む。



「はい。昨夜お願いした通り、今日は少しお時間を……」


「そうよね!?相手は教えて貰えなかったけど、殿方なのよね!?」


「はい。ですが……」


「それなら何故、侍女の服を着ているの!?」



 興奮しながらまくし立てるシェリル様に驚きながらも、私はいつも通りにクローゼットから衣装を取り出す。



「私も相手に失礼かな、とは思いましたが、この服しか手持ちが…なので仕方なくです。それよりシェリル様、本日のドレスはこちらでよろしいですか?」


「仕方なく……それより…?リーチェ、一度手を止めてそこに直りなさい」


「え?」



 お忍び用の装飾控えめな紺色のドレスを、シェリル様に充てがっていた私に、鋭い声が飛ぶ。眉間にシワを寄せたシェリル様の姿は珍しい為、思わずまじまじと見つめていると、突然ドレスが奪われた。



「……シェリル様?このドレスはお気に召しませんでしたか?」


「ええ、そうね。でも気に入らなかったのはリーチェ、貴女のその服装よ。だからこれを着なさい」


「シェリル様、さすがにそれは……」


「いいえ!これは……そう、命令よ!」



 閃いた、とばかりに顔を輝かせながら命令と言い放ったシェリル様は、手早く私のまとめられた髪を解く。そのまま身につけている侍女の服に手が伸びてきたので、思わず掴んで止めた。



「……分かりました。ですが、さすがに自分で着替えます」


「そう?残念だわ。……あ、リーチェ、いつもの髪型は駄目よ」


「ですが、他の侍女はここには……」


「髪を結うのは私がやるわ。リーチェの綺麗な栗色の髪、ずっとアレンジしたいなと思っていたの」


「………そうですか」



 それはそれは楽しそうに笑顔で言われ、私は反論も出来ずに諦めた。一度自分の部屋に戻り着替え直してから、ご機嫌なシェリル様に髪を任せる。


 きっとシェリル様は、このあと私が会う相手とデートをするとでも思っているのだろう。

 実際、お互いにそんなつもりは無いけれど…それを言えば余計に相手を詮索されそうなので、黙っておく。



「できたわ!……うん、素敵よリーチェ」



 シェリル様は満足そうに頷いて、私の背をそっと押した。



「さぁ、もうすぐ時間でしょう?行ってらっしゃい」


「いえ、シェリル様のお仕度がまだですので」


「何を言っているの!私は適当に着替えて、部屋でのんびり過ごすわ。……手紙も書きたいし…」



 最後にポツリと付け足された言葉と同時に、シェリル様の頰が赤らむ。その様子に微笑んでから、私は「では、」と言葉を続ける。



「お言葉に甘えて、行ってまいります」






 ◆◆◆



 待ち合わせに指定されていたのは、城下街の大きな噴水の前だった。


 宿泊先からすぐの場所で、目立つからすぐに分かる。のんびりと足を進めて―――辿り着く前にピタリと歩みを止めた。

 待ち合わせている人物を見た瞬間、侍女の服で来なくて良かったと、心からシェリル様に感謝する。



 ゼレン・アーヴァー。


 シェリル様の気になるお相手である、エレフィス王太子殿下の護衛騎士。



 昨日見た時も思ったけれど、彼はとても整った容姿をしている。今日はクセのある紺の髪を横に流し、服装はシャツにパンツスタイルと至ってシンプルなのに、鍛えられた身体の為か、本人が持つ魅力なのか、とにかく目立っていた。


 他に待ち合わせをしているように見える女性、買い物中の女性、通りすがる女性…全ての女性の視線を独り占めしているのではないかと思うほど。

 そんな目立つ相手の元に、侍女の服で近付いて行ったら悪い意味で目立ってしまう所だった。



 とりあえず落ち着こうと深呼吸をしてから、背筋を伸ばしてゆっくりとゼレン様に近付いていく。

 ぼんやりと遠くを見つめていた灰色の瞳が、不意にこちらへ向いた。



「………」


「……?あの、こんにちは」



 しっかりと目が合ったのに、何も声を掛けて貰えず不安になり、思わず自分から挨拶をした。

 一拍置いて、ゼレン様が驚いたように声を上げる。



「……え?もしかしてリーチェですか?」


「もしかしなくてもリーチェ・ライノルドですが……どうされました?私、待ち合わせの時間を間違えましたか?」


「いえ、時間はピッタリです。……その…あまりに昨日と容姿が違っていたので、別人かと思いまして」



 すみません、と頭を下げられ、慌てて首を横に振る。出会い頭にそんなことされたら、周囲の視線がもっと集まってしまう。



「頭を上げて下さい!……こちらこそすみません。私はいつも通りの侍女の服で出ようとしたのですが、その、何かを勘違いしたシェリ……ご主人様に止められまして…」



 危ない。こんな街中でうっかりシェリル様の名前を出そうとしてしまった。いつもならしない失敗をしまった上に、ちらちらとこちらを見る周囲の視線が気になって慌てていると、ゼレン様がフッと笑った。



「では、貴女の主に感謝しなくては。おかげで、着飾ってさらに美しい貴女を見ることができたのだから」


「………」



 サラリと言われた言葉の意味を呑み込むのに、数秒かかった。

 ……ええと。口説かれてる訳はないわよね?だって、これはデートなんかじゃない。


 こうしてゼレン様と会うことになったのは、昨夜届いた手紙の指示によるものだった。

 直接私の部屋に、ゼレン様の部下だという騎士が手紙を届けに来たのは驚いた。

 万一のために実名は伏せられていたものの、シェリル様とエレフィス殿下のことでゆっくり話したい、という内容で。


 だから私は、シェリル様の為にと二つ返事で了承の返事を騎士に預けたんだけれど…あ、そうか。分かったわ。これだけ注目を浴びているから、デートを装っているのね。

 二つの大国の護衛騎士と侍女がこっそり会ってるなんて、誰かに知られたらあれこれ詮索され、シェリル様にも迷惑がかかってしまう。


 でも、これがただのデートという風に装えば、最悪正体がバレたとしても、私が身の程知らずの侍女だと嗤われるだけで済む。

 ゼレン様は護衛騎士としか名乗っていないけれど、その洗練された佇まいから、貴族の高い身分を持っていることが分かるもの。



 サッとここまで思考を巡らせたところで、私はニコリと微笑んだ。



「勿体ないお言葉ですが、ありがとうございます。でも……騎士様の方が素敵ですよ」



 一応配慮してゼレン様の名前を伏せたけれど、逆に不自然かしら。

 彼がどの程度、自国で顔を晒しているのか分からない。シェリル様の護衛は、シェリル様が外出する際にしか国民に顔を晒さないけれど……。

 ゼレン様なら間違いなく、一度外に出れば顔を覚えられてしまうだろう。


 私の態度に、ゼレン様は少し目を見張り、何故か楽しそうに口の端を持ち上げた。



「ありがとうございます。では、行きましょう」


「はい」



 自然に差し出された手に、躊躇いながらも自分の手のひらを添える。このようなエスコートをされたことが無い私は何だか気恥ずかしくも、早く好奇の視線から逃れたいという思いの方が強かった。



 ゼレン様に連れられて入ったのは、酒場のようだった。

 まだ昼前だからか、店内は薄暗く客もいない。そもそも酒場の営業は夕方からの場合がほとんどで、今は店主の姿も見当たらない。


 けれど、ゼレン様当たり前のように足を進め、古びた椅子に座るよう促す。私は困惑しつつも腰を下ろした。



「あの、このお店は営業しているのですか?」


「ああ、ここには誰もいません。私が所有している、酒場……に見せかけた情報交換場所です」


「え、ゼレン様の?」


「そうです。街中で堂々と会話出来ない場合に、ここが役に立つんですよ」



 私の向かいの椅子に座りながら、ゼレン様が「なかなかいいでしょう?」と笑う。

 色々と訊きたいことが浮かんでくるけれど、限られた時間で優先されるべきなのは、もちろんシェリル様に関すること。

 私が姿勢を正し、真剣な顔をした為か、ゼレン様を纏う雰囲気もすぐに変わった。



「では、ゼレン様。街中で堂々と出来ない会話を、さっそくですが」


「そうですね。お互いの主の為、有意義な話し合いにしましょう」



 コクリと頷き合い、まずはシェリル様とエレフィス殿下がお互いどの程度の好意を示しているかの確認から始まる。

 そこからどのように、どこまでお節介を焼くかを話し合うまでは良かったのだけれど。


 いつの間にか、お互いの仕える主がいかに素晴らしいかの演説が白熱し―――気づけば昼食を摂ることすら忘れ、日がとっぷりと暮れていたのだった。



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