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◆侍女と騎士の恋物語

 


「……やだもうリーチェ、いつまで泣いているの?」


「だ……だっ、だってシェリル様が、お美しすぎてっ……」


「ふふっ、ありがとう」



 ぐすぐすと人目も憚らず泣いている私に、シェリル様は困ったように笑う。

 忙しなく動き回る数人の侍女のうち一人が、仕方ないといった顔で私に近付いて来た。



「リーチェ様、お化粧が崩れてしまっていますよ。シェリル様の晴れの日なのですから、もっと笑顔でいて下さいな」


「わ、分かっているわ。でも……感激で涙が止まらないのよ」


「では、ゼレン様をお呼びしましょうか?」


「え」


「止まりましたね」



 にこりと笑った侍女が、私の化粧をパタパタと手早く直す。

 シェリル様がこっそりと侍女に拍手を送っているのが見えた。



 ―――シェリル様がエレフィス様の婚約者となってから、早三年。


 今日、お二人の結婚式が国を挙げて行われる。


 国王陛下はまだまだお元気で、エレフィス様が王位を継ぐわけではないけれど、お二人が早く夫婦になりたいと望んだ結果、結婚の運びとなった。



 十七歳となったシェリル様は、美しさにより一層磨きがかかっていた。


 ふんわりと腰まで揺れる銀髪は艷やかで、長いまつ毛に縁取られた薄紅の瞳は宝石のよう。

 ぽってりと潤んだ唇は紅が引かれ、顔立ちは以前よりぐっと大人びている。

 華奢だった身体は女性らしく丸みを帯び、色気を纏い始めていた。


 純白のドレスに身を包んだシェリル様は、それはもう、輝きを放つ女神だった。



「ああ……ようやく、私もアルテシア国に住めるのね」



 嬉しそうにシェリル様がそう言った。

 婚約者の時は、テノルツェ国で日々を過ごし、月に数回お互いが国を行き来してエレフィス殿下と会っていた。

 別れ際、いつもシェリル様は「早く結婚したいわ」と寂しそうにぼやいていたのだ。



「これで、毎日エレフィス様とお会いできますね」



 私も嬉しくなって笑顔を向けると、シェリル様も笑った。



「あら、リーチェも毎日ゼレン様に会えるわよ?」


「……そ、そうですね」


「まだ顔が赤くなるなんて、可愛いわリーチェ」


「〜もう、シェリル様っ!」



 シェリル様はテノルツェ国の城内に部屋を賜り、国民として、エレフィス様の妻としてそこへ住むことになる。

 私はシェリル様の侍女頭として、アルテシア国に籍を置き、移住することに決めた。


 シェリル様は以前、私を生涯手放す気はないと言ってくれたけれど、私だって、シェリル様から生涯離れる気は無いのだ。


 結果的に、私もゼレン様といつでも会える距離にいられることになった。

 本当は、ものすごく嬉しい。嬉しいけれど、それを表に出すとからかわれるから言わない。



「準備はどうだ?」



 コンコン、と扉が叩かれ、エレフィス様の声が届く。

 近くにいた侍女が扉を開くと、カツンと靴を鳴らして殿下が入ってきた。


 眩い金髪は丁寧に整えられ、光沢のある灰色のスーツを着こなしている。身長は伸び、体付きは随分しっかりとしてきた。

 緑色の瞳が、シェリル様を見て優しく細められる。



「……綺麗だ、シェリル」


「ふふ、ありがとう。エレフィス様も素敵よ」



 この三年で、お二人の仲は随分と縮まっている。敬語は無くなり、エレフィス様はシェリル様を呼び捨てで呼ぶようになった。

 ……呼び捨てで呼べるようになるまで、本人は大分頑張っていたとゼレン様がこっそり教えてくれたけれど。


 ちなみに、私もエレフィス様とは気軽に会話できるようになっていた。



 美男美女が見つめ合う様子は、このまま絵に描いてもらい額縁に入れて飾りたいくらい素敵だ。



「……エレフィス様、お二人の時間はあとでたっぷりとありますので、そのくらいで」



 後から入ってきたゼレン様に咳払いと共にそう言われ、エレフィス様がムムッと口を尖らせる。

 ゼレン様に対して、殿下は少し子供っぽさが抜け切れないところがある。シェリル様は、そんな殿下が可愛らしいと笑っていた。



「行こうか、シェリル。神殿で式を挙げたあと、城下街を馬車で一周し、その後城に戻って披露宴だ。……きっと疲れるぞ」


「そうね。でも、幸せな疲れ方だわ」


「……それもそうだな」



 見てるこっちが幸せになれる笑顔を、お二人が浮かべている。また涙腺が緩みそうになり、ぐっと顔に力を入れるとゼレン様と目が合った。

 口がパクパクと動いている。えーっと…『へ・ん・な・か・お』…じろりと睨めば笑われてしまった。



 シェリル様とエレフィス様が手を取り合い、城門前に手配していた神殿へと向かう馬車に乗り込む。


 その後ろの小さな馬車に、私と数人の侍女が乗り込んだ。ゼレン様や他の護衛騎士は、馬で馬車の前後に付く。

 そのまま何事もなく神殿へ到着すると、先に着いていた両陛下の出迎えがあった。



「エレフィス、シェリル。二人共、とても良く似合っているぞ」


「ええ、本当に。二人共おめでとう。きっと素敵な式になるわね」



 嬉しそうにそう言って、両陛下は神殿へと入って行った。そのあとに続き中へ入ろうとすると、背後が突然騒がしくなる。



「シェリル……!!」


「お父様、お母様!」



 テノルツェ国の両陛下が到着したようだった。シェリル様は顔を輝かせ、お二人の元へ近付く。



「ああ、綺麗だシェリル…母さんにそっくりだ…」


「嫌だわあなた、泣くのが早すぎるでしょう。……本当に綺麗よシェリル。エレフィス様、シェリルをどうかよろしくね」



 シェリル様の隣にいたエレフィス様は笑顔で「勿論です」と頷くと、そまのまま神殿へと一緒に向かって歩く。その後ろを、護衛や侍女がぞろぞろとついて行った。

 神殿に集まるのは親族のみとなっているけれど、念の為の護衛や身の回りを世話する侍女がそれぞれ付いているので、意外と人が多い。



 アルテシア国の神殿の中に入るのは、初めてだった。

 空気は洗練されており、ステンドグラスから差し込む光が幻想的に輝いている。

 祭壇に式を進行する神父がおり、並べられた長椅子に主役の二人以外が着席する。


 全員が揃ったことを確認した神父が、静かに口を開いた。



「エレフィス・アルテシア様、シェリル・テノルツェ様のご入場です」



 温かい拍手に迎えられながら、エレフィス様とシェリル様が中央をゆっくり進み、祭壇へ上がった。

 神父から祝福の言葉を受け、夫婦の証となる、お互いの瞳の色の宝石が付いた指輪を贈り合う。


 最後に口付けを交わし、お二人は正式な夫婦となった。

 ステンドグラスから差し込む光が、キラキラとお二人を照らす様子は、神々から祝福を受けているように見えた。


 私はその光景を、生涯忘れないように目に焼き付けたのだった。




 それから、休む間も無く馬車へ乗り込むと、城下街を目指して進む。

 街へ着くと、驚くほどの人で溢れかえっていた。皆がエレフィス様とシェリル様へ祝福の言葉と拍手を送っている。



「まあ……エレフィス殿下はすごい人気ね」


「ええ、殿下はあのお人柄ですからね。城下の催しにも積極的に参加されますし。それに、シェリル様もとても人気ですよ」



 私が馬車の中から街の様子を眺めながら感嘆の声を漏らすと、隣に座っていた侍女が笑って言った。



「我が国の婚約者候補が酷い仕打ちをしたにも関わらず、慈悲の心で減刑を求め、エレフィス様の心を射止めた女神……そう噂されています」



 その噂は、私とシェリル様の耳にも届いていた。それを知ったシェリル様が、「一番活躍していたのはリーチェなのだけれど。私が噂に付け足して、こっそり流してもいいかしら?」なんて言ってきたので、丁重にお断りした。


 何にせよ、国民から支持を得られるのは、今後この国で暮らすシェリル様の為にも良いことだった。





 大歓迎の城下街を一周し、城へと戻る。

 私を含めた侍女は、大急ぎでシェリル様のドレスや髪型を変え、披露宴の準備に取り掛かった。


 シェリル様に一番似合う、瞳と同じ薄紅色のドレスに、エレフィス様の瞳と同じ緑色の宝石が輝く髪飾りを髪に添える。

 化粧も雰囲気に合わせて少し変えた。うん、完璧だ。



 披露宴は、大勢が招かれている。

 侍女の立場ではホールまでは入れない為、シェリル様の計らいで、私はなんと身内として披露宴に参加出来ることになっていた。


『リーチェはもう、家族のようなものでしょう?』


 そうシェリル様に言われた私は、その場で感極まって膝から崩れ落ちた。

 周りにいた侍女は、若干引いていたような気がしたけれど気にしないでおく。



 そんな私の女神、シェリル様を近くの控室へ送り、一足先にホールへ足を踏み入れると、あまりの人の多さに圧倒された。


 すすす…と壁伝いに移動して比較的人が少ない所で立っていると、二人の男性がこちらへ向かってくるのが分かった。



「こんにちは、お一人ですか?」


「お名前をお伺いしても?いやぁ、近くで見ると益々お美しい」



 ここへ招かれているということは、それなりの身分の方たちだろう。同じくらいの歳に見える。

 てっきりシェリル様の侍女の私に、取り入ろうと画策しているのかと思えば、私の事は知らないようだ。では、何の用だろう。



「ええと、私は…」


「悪いけど、君たちに名乗る名前は彼女には無いよ」



 突然肩を抱き寄せられ、驚いて顔を上げる。



「ゼレン様?」



 にこりと笑ったゼレン様は、次の瞬間には目を細め、凍てつく視線を男性たちに向けていた。



「理由が必要なら、言おうか?」


「い、いえいえそんな、滅相もないですゼレン様!」


「ゼレン様のお連れ様でしたか!それでは私たちはこれで!」



 顔を真っ青にして、へこへことお辞儀をしながら男性たちは脱兎のごとく去って行った。

 その様子を呆気に取られ見ていた私に、ゼレン様が何事もなかったかのように話し掛けてくる。



「やあリーチェ。間もなく主役が登場すると思いますよ」


「……そうですか」



 私が疑問を飲み込んで、それだけ返事をしたちょうどその時、壇上にエレフィス様とシェリル様が現れた。

 割れんばかりの拍手が響き、私も一緒になって精一杯の拍手を送る。


 お二人が腰掛けると、招待客たちが挨拶をしようとぞろぞろと列を成す。

 その列に並ぼうと、私たちの前を通り過ぎる令嬢たちが、ゼレン様を横目で見ては頰を染めていた。



 ……うん。その気持は分かるわ。だってゼレン様は格好良いもの。


 いつもより装飾の多い騎士の服に身を包み、癖のある髪はしっかりと整えられている。

 その容姿は、そこに立っているだけで目立つのだ。



「………」


「リーチェ、そんなに見つめられたら穴が開きますよ」


「……開けばいいと思います」


「はは、どうして?」



 屈託のない笑顔で、ゼレン様が笑う。三年の付き合いがあっても、まだその笑顔を見ると心臓が大きく高鳴ってしまう。

 何も言えずに口をつぐんだ私の手を取り、ゼレン様がそっと引いた。



「少し、こちらへいいですか」



 人混みを掻き分け、連れて行かれたのはバルコニーだった。休憩用のベンチが並べられているが、まだ誰もいない。


 ゼレン様に促され、ベンチへ座る。日が落ちてきていて、ひんやりとした風が頬を撫でた。



「……ありがとうございます。私が人混みが苦手だから、連れてきてくれたのですよね?」


「ああ、それもあります。でも本題は別ですよ」



 本題?と首を傾げた私に、ゼレン様が胸ポケットから何かを取り出した。

 それは、小さな一輪花だった。色は、紫―――私の、瞳の色だ。


 ゼレン様は目の前で跪きながら、その花を私の髪に優しく差し込むと微笑んだ。



「リーチェは花が似合いますね。とても綺麗だ。……もちろん、今日のドレス姿も」


「あ、ありがとうございます」



 未だに褒められ慣れない私は、照れながらも微笑み返す。

 すると、ゼレン様は跪いたまま、私の手の甲にそっと口付けた。心臓がうるさいくらいに暴れ出し、目の前の綺麗な顔に釘付けになる。


 灰色の瞳が、私を捉えた。



「リーチェ。俺と―――…結婚して下さい」



 瞬間、周りの音が消えた。

 世界に私とゼレン様しかいないような、そんな錯覚に陥る。



「けっ…こん……」


「はい」



 震える唇で呟くと、ゼレン様が笑って頷いてくれる。その笑顔が愛しいと思うのと同時に、ぶわっと涙が溢れた。


 愛しい、嬉しい、幸せ―――そんな温かい感情で胸がいっぱいになる恋を教えてくれたのは、ゼレン様だけだ。



「ゼレン様……」


「うん?」


「大好きです。私と、結婚して下さい」



 私の零れ落ちる涙を拭っていたゼレン様は、私の言葉に目を見開き、すぐに嬉しそうに笑った。



「はい。喜んで」



 ゼレン様の顔が近付き、唇が重なる。

 幸せに包まれたまま、ゆっくりと唇が離れた。

 そして再び、重なろうと近付いた所で―――…。



「ゼレン様、では、向かいましょう」


「え、どこへ?」



 すくっと突然立ち上がった私に、ゼレン様が面食らった顔をする。

 甘い雰囲気をぶち壊したのは分かっているし申し訳ないし、私だってそのまま続けていたいけど―――、重要なことが残っているのだ。



「―――私とゼレン様を出逢わせてくれた、お互いの敬愛する主の元に、挨拶へ向かいましょう」



 笑顔で手を差し出すと、ゼレン様は私の手を取り立ち上がる。そして、ニヤリと笑った。



「お二人の驚く顔が、楽しみですね」


「あ、ゼレン様ってば悪い顔してる」


「そういうリーチェも楽しそうだけど?」



 自然と砕けた口調になりながら、肩を並べて賑やかなホールへと戻った。



 そして、私とゼレン様は見事、シェリル様とエレフィス様の驚く顔を見ることが出来たのだ。





 ―――そんな侍女と騎士の恋物語は、まだまだ始まったばかり―――……







 おしまい



お読みいただきありがとうございました!

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