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◆これが恋じゃないのなら

 


「お疲れ様でした、シェリル様」



 試験終了の知らせが届き、私はすぐさまシェリル様の元へ向かった。

 広間で待っていたシェリル様は、私の姿を見ると、ホッとしたように微笑む。



「ありがとう、リーチェ。貴女を見ると安心するわ」


「うっ……、シェリル様は私の心臓を止める気ですか」


「あら。ナイフで抉った覚えはないわよ」



 目を合わせ、二人でくすくすと笑い合う。

 良かった、シェリル様に落ち込んだ様子は無さそう。実力は発揮できたようだ。



「ナイフで抉る、ですって?随分と物騒なお話をしているのですね」



 嫌みったらしい声が掛かり、このまま無視してシェリル様と部屋へ戻ろうか本気で悩んだ。

 けれど、そうすると自体が悪化する気がして思いとどまる。


 何とか笑顔を貼り付けて振り返れば、ルイーゼ様が腕を組んで立っていた。



「ル……」


「気安く名前を呼ばないでちょうだい。貴女と馴れ合った覚えはなくてよ」



 いや、私にもありませんけど?……とは口に出さない。

 というか、話し掛けてきたのはルイーゼ様だ。一体何の用があるのか。

 これ以上あらぬ噂で騒ぎ立てられたくはない。


 これから侍女と護衛を連れて部屋へ戻ろうとしていた他の王女様方が、興味深そうにこちらを見ている。

 まさか、ルイーゼ様は同情を貰おうとしているのだろうか。



「私の侍女に、まだ何かご用ですか?」



 笑顔でそう問い掛けたシェリル様の言葉は、どう聞いても刺々しかった。

 まだ、という部分には、昨日のいざこざの他にまだ、という意味が込められていそうだ。


 シェリル様に庇われた私が感動で打ち震えていると、ルイーゼ様は面白く無さそうに目を細める。



「わたくしにあんなことをした侍女を庇うだなんて、シェリル様は変わっておられるのですね」


「あら、噂は噂ですわ。私は、私の侍女を信頼していますので」



 シェリル様が真正面から喧嘩を売っている。

 睨み合う二人に、ニヤつく顔を抑えられない私、そして遠巻きにざわつく他国の王女様と側近たち。


 そこに割って入ったのは、澄んだ声だった。



「もう、試験は終わったはずでは?」



 視線が一斉に扉へ向く。

 そこに立っていた騎士の姿を見て、勝手に心臓が飛び跳ねた。


 ……どうして、ゼレン様がここへ?



「いつまでもここに留まられては困ります。皆様、お部屋へお戻り下さい」



 有無を言わさぬ笑顔でそう言われると、慌てたようにぞろぞろと部屋から出ていく。

 ルイーゼ様は鼻を鳴らし、こちらを一瞥もせず歩き出した。侍女と護衛が慌てて後を追っている。



「私たちも行きましょう、リーチェ」


「……はい」



 じっとゼレン様を見つめていた私は、シェリル様の声で我に返る。

 扉の脇に立っていたゼレン様に、何か声を掛けたほうがいいのか、素知らぬフリをしたほうがいいのか、すれ違う直前まで悩んでいた。

 ぐるぐると思考を巡らせ、挨拶くらいなら自然に出来るのではと、「お疲れ様です」と声を掛けようと口を開きかけた時だった。



「ああ、そこの騎士様」


「………はい」



 何と、驚いたことにシェリル様がゼレン様に話しかけている。

 ゼレン様も面食らったようで、一拍置いたあとに返事をしていた。



「私の侍女ですが、根も葉もない噂のせいで、昨夜は眠れなかったみたいで…良いお薬を処方してもらいたいのですけれど」


「シェ、シェリル様?」


「……そうですか。では、医務室へご案内致します」


「ゼ……、き、騎士様?」



 にこやかに行われるやり取りに、私だけがついていけていない。

 シェリル様は一体どうして……。



「では、リーチェをよろしくお願いしますね、ゼレン様」



 狼狽える私の視線に気付いたシェリル様は、そう言って片目をパチッと閉じた。

 小さい頃から変わらない、いたずらを企んでいる時の表情を見て、全てを悟る。


 ―――バレている。間違いなく。


 だって、シェリル様がゼレン様の名前を覚えていて、私に聞かせる為にわざと呼んだのだ。



「……すぐ、戻ります」



 せめてもの反抗だった。けれど小さく消え入りそうな声で呟いた言葉に、シェリル様はニンマリと笑うだけだった。


 護衛を連れて去っていく後ろ姿を恨めしげに見ていると、隣から咳払いが一つ。



「では、歩き出す前に確認ですが」


「……は、はい」


「本当に昨夜眠れなかったんですか?」



 心配そうに顔を覗き込まれ、縮まった距離にビクッと肩を震わせる。



「だ、大丈夫です。すんなり眠れました」


「……それはそれで心配ですが、とりあえず薬は要らないということですね。……つまり、シェリル王女様は…」


「はい。私たちがこっそり会っていたことに気付いているようです」



 さり気なく一歩下がると、何故かゼレン様は傷付いたような顔をした。いや、きっと気のせいだ。



「実は、エレフィス様にもバレているようで……すみません、多分昨日の俺の行動のせいですね」


「ゼレン様のせいでは…!……すぐに駆け付けて下さって、う、嬉しかったので」



 ああ嫌だ。普通にお礼を言えばいいだけなのに、どうして顔が熱を持ってくるんだろう。

 いつの間にかゼレン様の前でだけ、いつもの冷静な自分でいられなくなってしまう。



「………それ、は、良かったです」



 ゼレン様は手のひらで顔を覆い、唸るような声を出した。



「とにかく、ここは人目もあるので移動しましょう。シェリル王女様のお言葉通り、医務室へ向かいましょうか」


「はい」


「……頬や肩の塗り薬は足りていますか?」



 歩き出しながら、ゼレン様が気遣うように訊いてくれる。その優しさが嬉しくて、頬が緩んだ。



「十分頂いています。お騒がせした上に、ご迷惑までおかけしたのに……ゼレン様も私の話を信じて下さって、ありがとうございます」


「信じますよ。貴女がシェリル王女様に、嘘を吐けるはずがありませんから」


「……いえ、最初は転んでぶつけたと、誤魔化そうとしましたし…」


「それは、シェリル王女様を護る為のものでしょう?……でも、あんなに動揺してたら、転んだなんて誰も信じないと思いますよ」



 あの時のことを思い出したのか、ゼレン様が声を出して笑った。私はムッとして言い返す。



「いつもなら、あんな下手くそな演技はしません。あれはゼレン様が―――…」


「俺が?」


「―――…さ、触ったので……」



 何だか語弊のある言い方になってしまった。

 触られたのは私の手の甲であって、決して恥ずかしがる所ではない。

 ちら、と横目で見上げると、ゼレン様は何故か嬉しそうに私を見ていた。



「可愛いですね」


「………かわ!?」


「これは困った」



 何が困ったんでしょう!?

 私が口をパクパクとさせている間も、ゼレン様は笑っていた。

 恥ずかしさに耐えられずにそっぽを向くと、遠巻きにこちらを見ている数人の使用人に気付く。


 服装からして、この城で働く女性の使用人だった。

 彼女たちは私の視線に気付くと、思い切り顔をしかめて睨んでくる。


 何だろう、あの噂が原因かしら?

 ルイーゼ様が思ったより支持されているってこと?


 不思議に思っていると、使用人たちの視線が私を飛び越えていく。そして頬を染めたかと思えば、また私を睨むのだった。

 この反応で、さすがの私もピンとくる。



「……確かに困りましたね」


「うん?」


「いえ、こちらの話です」



 今、私の隣にいるのは、容姿端麗なゼレン様だ。

 エレフィス王太子殿下の専属護衛騎士だし、周りから見ればとても魅力的な男性なはず。


 それはそれは、おモテになるでしょう。



 ルイーゼ様に目をつけられ、さらにゼレン様に好意を持つ女性たちまで敵に回すのか…。

 どうやら私は、この国での立ち位置は今にも転落しそうな崖っぷちにいるようだ。


 それでも。

 それでも、ゼレン様との時間を自分から手放そうなんて思えない。



 ―――『……ねぇ、リーチェ。恋をしたことはあるかしら?』



 以前、シェリル様に問い掛けられた言葉を思い出す。

 その時私は確か、「ありません」と答えた。付け加えるように「一度も」と。



 でも、これが……ゼレン様に対して感じるこの気持ちが、初めて感じる、この気持ちが。

 世間一般の「恋」ではないのなら、一体何だというの。



「……ああ、着いてしまいましたね」



 ゼレン様が残念そうに言った。目の前の扉には、医務室と書かれている。



「薬は大丈夫でしたよね?……少し待っていてもらえますか?」


「あ、はい」



 医務室をノックしてから、ゼレン様が入室する。扉の外で待っていると、本当にすぐゼレン様が戻ってきた。

 その手には小さな瓶が握られていて、スッと渡された。



「……これは?飲み薬…にしてはカラフルですよね?」


「はは、薬じゃありませんよ。ただの飴です」


「ただの、飴」



 思わず繰り返して瞬きをすると、ゼレン様が笑う。何だか今日はよく笑ってくれるな、とぼんやり思った。



「職業柄、医務室にはよく世話になっていまして。ちょっと休憩がてら甘いものが欲しくなる時があるので、医務官に頼んで置いてもらっていた物です」


「それを……私に?」



 そんなに甘い物が欲しそうに見えたのかしら……と不思議そうに首を傾げると、ゼレン様は頷く。



「これは、俺の私物です。そして次回医務室に世話になる際に、この飴がないとものすごく困ります。……なので、明日返して下さいね」



 人差し指をそっと口に当ててそう言ったゼレン様の言葉に隠された意味に、私はぎゅっと心臓を鷲掴みにされた。


 ……つまり、明日も会おうと、言ってくれている。



「は……はい。もちろん、です」


「良かった。では名残惜しいですが…俺は主の元へ戻らないと。帰り道は分かりますか?」


「だ、大丈夫、です。それ、では」



 壊れた機械のように何とかそう言って、私はくるりと背を向ける。背中に視線を感じながらも、私は振り返れずにぎこちない動きで歩き出した。


 角を曲がったところで、へにゃりと身体の力が抜けてその場にしゃがみ込む。



「む……無理。これは私の手には負えない、無理」



 頭を抱えて呟いてから、息を深く吸い込んで立ち上がった。

 しっかりするのよリーチェ。貴女は、シェリル様の侍女でしょう。



 姿勢を正し、キリッと前を見据えながらシェリル様が待っている部屋を目指す。

 部屋へ戻ったら、シェリル様が顔を輝かせて質問攻めにしてくるだろうな―――と思いながら。



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