ほんとはね? ~名探偵登場!
空は青く、葉は色鮮やかに、雲が風に白くたなびく、秋の日です。
学園にある食堂の、見晴らしの良いオープンテラス。
真白いテーブルクロス、ティーカップにティーセット、人気の茶菓。
一部の隙もなく整えられた一席。
そこに、二人分の人影があった。
人払いされているのか、他の生徒の姿は無い。
「リリアム嬢、来ていただいてありがとうございます」
「いえ……どういった御用でございましょうか」
アンダロの礼に、リリアムからは常の如く平坦な声が返された。
何の感情もうかがえない、何の興味も浮かべないリリアムの表情を変えるべく、アンダロは口火を切った。
「リリアム嬢、あなたが癒し手だったのですね」
目を大きく見開いて顔を上げたリリアムに、アンダロは軽く一礼して見せた。
「答え合わせをお願いしたく」
丁寧な口調、礼儀正しい態度ではあったが、これから取り調べが行われるのだと、リリアムは正しく理解した。
「発端は、昨年の夏、亡くなったというケイト嬢。
想像ですが、コルチカム嬢が長時間、夏の盛りに怒鳴りつけたせいで倒れ、そのままお亡くなりに」
アンダロは少し目を伏せ、それからまた、口を開いた。
「庭師のブラウン殿が昨年、学園祭のクロスボウを盗んだのでしょう。
コルチカム嬢を殺すために。
人一人殺そうと思うと、なかなかに大変です。特に、あの方は滅多に一人になりません。
得物を持って殺しに行っても、周囲に止められるのがオチですからね。しかも、本人の抵抗もありますから。
だから飛び道具なら、邪魔されることなく狙える、と思ったのでしょう。
……残念ながら、飛び道具は滅多に当たりませんが」
素人だと、2、3歩ぐらいの至近距離がせいぜいです、と続ける。
「ただクロスボウだと、固定して撃てば真っ直ぐに撃てます。窓や灌木にでも固定して撃てば、窓越しの背中を外さないでしょう。
そしてその後は、灌木を剪定と称して切り落とせばいい。
そう、西側の灌木はすべて剪定済みでした。窓からはよく景色が見えましたね。外からも、よく中が見えたでしょう。
通路を逃げてくる、コルチカム嬢の姿が」
アンダロが一年、と呟いた。
「窓越しに撃って、何度も調整を重ねたのでしょう。
何度も、射線の通る場所を確認したのでしょう。
だから絶対に、その場所に、コルチカム嬢を誘導する必要があった」
アンダロはどうぞ、とお茶を勧めた。
「切りつけられて逃げたコルチカム嬢は、小扉を閉め、おそらくはその時、横木でもって閂をかけることができたのだと、僕は予想しています。
そして、犯人を扉の外に締め出すことができ、一旦身の安全が確保できて、顔を上げたら。
南西の角に、あなたが立っていた――癒し手たる、あなたが」
アンダロは、お茶請けに茶菓もどうぞと、勧めた。
「傷を治せと、まっすぐに駆け寄るでしょうね。
そして、近づいてきたら、あなたは少し東に移動し、コルチカム嬢が西側、つまりは窓に背中を向けるように位置取ればいい。
傷を治すのでそのまましばらく動かずにとか言って、動きを止めることも容易かったでしょう」
奇跡の御業の披露の際、少し時間かかってましたからね、とアンダロが思い出すように告げる。
「そして倒れたコルチカム嬢からクロスボウボルトを引き抜いて、凶器の証拠隠滅です。
引き抜いたのは、閂を外して礼拝堂内に入ってもらった、最初に切りつけた人物。おそらく、コルチカム家の御使者殿ではないかと、僕は思ってます。
そうだ、引き抜くとき、窓の外のブラウン殿から、ずた袋を借りてますね?
引き抜く時には血が飛び散るはずですが、壁にも椅子にも血痕はありませんでした。
血の付いた靴跡も見当たらなかったので。
砂まみれのずた袋を借りてボルトを抜いたから、床に砂が落ちていたのでしょう。
そして、クロスボウボルトとずた袋を持って、御使者殿は堂々と大扉から出て行った。
もちろん、あなたも」
勧めてるくせに自分は口をつけてなかった、と気づいたアンダロは、慌てて茶を口に含んだ。
茶菓も手に取るが、まだ話を続けるために、手に取るだけにする。
「そうだ、礼拝堂へコルチカム嬢を誘導したのは、あなたですね。
――殿下のダンスの誘い以外、何も聞きたくない。
そう言った彼女を、ありもしない伝言で誘導するのは、あなたには簡単なことだったでしょう」
招いた側が先に口をつけなければ客側は手を出せないマナーは、こういう時は不便だ、とアンダロは思う。
隙を見て手に取った茶菓を一口かじり、一気に茶で流し込んだ。
あらためてリリアムに、人気の茶菓です、と勧めてみる。
「ブラウン殿は礼拝堂内に入ってもいない。
そしてあなたの言った『何もしていない』は、正しくもあり、偽りでもあります。
――何もしなかった。
そう、奇跡でもって癒すことをしなかった。
何もしなかったことこそが、あなたにとっては『何かしたこと』になります。
まぁ、真実を告げる魔法は反応しませんでしたが。
だからあの魔法は、使うのが難しいと言われるのです」
アンダロは、そろっとリリアムを窺い見た。
目を伏せ、静かに聞いているのを確認し、話を続ける。
「逃げずに残っていたのは、ブラウン殿を庇うためですか。
おそらくブラウン殿は、敵討ちさえできれば、後はどうなっても良いとお考えだったのでは」
リリアムがぱっと顔を上げる。
縋るような視線に、アンダロは想像が当たっていたことを理解した。
「あとは、あなたが唯々諾々とコルチカム嬢に従っていた理由です。
弟君がいたとは初耳でした。
もしや弟君を質に取られておりましたか。
それで、御使者どのは故郷からの?
ご両親やご親族の方が、弟君を助け出せたとの知らせでしたでしょうか」
「はい、いいえ……私に両親はいません、弟だけです。
弟を助け出してくれた方は、故郷で、その方の弟を亡くされたそうです。
それで訳あって、ボヤ騒ぎを起こして、わたしの弟を助けて下さいました。
ひどく、それはひどく、恨んでらっしゃって。
最初は、癒し手を偽ったお嬢様を殺しに来たのだと。
その後は神殿に行って、自首と同時に、癒し手を偽ったことでご領主様を告発して、敵討ちをするのだと、おっしゃってました。
自分は、縛り首になってもかまわないから、と」
聞いて、アンダロが重い息を吐く。
「ブラウン殿と一緒ですね。
だからあなたは、見捨てられなかった。
それで一度目に来た時、三人で話して計画を立てて。
二度目で実行に移しましたか。
ああ、ブラウン殿の所には鉈も鎌もありましたから、切りつける凶器は入手できますね。
学園に入るときの検査は、まったく意味がなかったと」
「あ、いえ。一度目の時、検査でナイフを取り上げられたそうです。
それで、殺しに行くより先に私に会いに来てくださったので、意味はありました」
それは良かったですね、と言うアンダロに、はい、と返すリリアム。
「答え合わせ、とおっしゃってましたね。
すべて、おっしゃる通りでございます。
わたしが、お嬢様を見殺しにしました。
どうか、罰するならわたしを」
リリアムは、これで尋問は終わりだろうかと思った。
自分のみならば、逃げも隠れもせず、罰を受けようと覚悟した。
非道と思われても、ケイトを失ったブラウンが、さらに罰されるのは嫌だった。
切りつけ役をしてくれた御使者の方も、脅しただけで。
もうこれ以上、誰も傷ついてほしくなかった。
まだ息のあったグロリオサを、見殺しにしたのは自分だと、リリアムは思っている。
裁きを待つ気持ちで顔を上げたリリアムは、アンダロの、何故か不安げに窺ってくる様子に首を傾げた。
「リリアム殿、その……僕はこの話で、気を惹くことは、できたでしょうか」
「はい?」
目を大きく見開き、リリアムは聞き返した。
アンダロが視線を合わさずに、妙に早口で捲し立てる。
「殿下にお伺いして、どうやったら意中の人の気を惹けるか聞いてみたのです。
そうすると、嗜好、習慣を調べ上げてから狙って仕留めろとおっしゃったのですが、時間がなくてですね。
せめて、気を惹く話題を振って話を膨らませろ、と教えていただきました。
それなら、と僕は思ったのです。
決して無視できないぐらい興味深い話なら、食いついてくれるのではと」
ロサ嬢にも聞いて、女性が好むシチュエーション、つまりはこのオープンテラスのテーブルクロス上の茶器や菓子を用意したと。
尋問ではなく。
まさかのおもてなしだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ありがとう、真相がわかって助かったぞ。
グロリオサの件も、コルチカム侯爵家の件も、もう兄上にお任せすることになったから。
それでな。
元々は、婚約破棄を俺からして、処分されることで、第二王子派を俺ごと潰すつもりでいたんだ。
ただ、俺はそれでいいとして、心配なのはお前たちだったんだ。
俺を育ててくれた乳母、教育係、侍従、そして、父上が宰相に頼んで、俺に付けてくれたお前、アンダロ。
それと、俺が勝手に好きになって、問答無用で巻き込んでしまったロサ。
俺が勝手に潰れるのはいいんだが、お前たちにも責任が及ぶだろう?
下手したら連座だ。
それだけは止めてくれと、何なら俺の首一つで納めてくれと頼んでみたんだが。
心配いらん、と笑われてしまったよ。
俺みたいな良い弟を育ててくれたお前たちには、ぜひ、兄上の子の面倒を見てもらいたい、だとさ。
ロサとのことも、内内には認めてもらった。
だから。
俺は婚約も無くなって、学園を卒業したら、王族から除籍されるけれど。
お前には王宮からの打診があると思うんだ。
良かったら考えておいてくれ。
いや、礼には及ばないぞ。
どっちかというと、俺の方が礼を言わないといけないだろう。
グロリオサの件、婚約から殺人事件と、ずいぶんと振り回した。
何か俺にできることなら……え?
頼み? 聞きたいこと? お前が?
珍しいな、ぜひ、言ってくれ!
全力で応えようじゃないか!!!
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