わかったぞ! ~ドヤッ!
ミステリでの現場検証は、宝探しに似ていると思いませんか。
庇が影を作り、大扉が開かれていても、入り口には直接陽の光が差し込むことはない。
「そういえば侍女殿。
音とか悲鳴とか、何か聞こえてこなかっただろうか」
中に一歩足を踏み入れた王子が、侍女を振り返る。
侍女は庇の先で足を止め、陽の光を浴びながら答えた。
「ここは、扉から少々離れておりますので。
あと、音や悲鳴と申されますと。
ここしばらく、毎夜、お嬢様はお部屋で声を上げ、コップや水差しなどを床に叩きつけておられました。
聞こえても、気にしないようにしておりましたので、よく覚えておりません、申しわけございません」
侍女が深々と頭を下げる。
そして、そこから一歩も動かない。
「確かに、僕たちが駆けつけた時も、ロンギフロラム殿は、庇の先に立っていましたね」
アンダロが記憶をたどって補強する。
「はい。お嬢様からはいつも、堂内には入らず、外で待つよう申し付けられておりました」
「あれ、でも、グロリオサが奇跡の御業を披露する時、侍女殿はいつもすぐ横にいたよな?」
「はい。その時だけはお側に控えるよう、命じられておりました」
王子は縫い止められたように動かない侍女を促した。
「そうか。だが、今は外にいるよう命じる者はいない。
日差しも暑いことだから、一緒に堂内に入ってくれないか。
アンダロ、頼む」
「はい。失礼します、リリアム=ロンギフロラム殿。
……リリアム殿、とお呼びしても?」
一礼し、アンダロがそっと手を取り、付き添うように堂内へ導く。
侍女は名前を呼ばれると、一瞬、目を大きく見開いた後、小さくうなずいた。
侯爵令息からの頼みを、断れる平民はそうそういない。
ざりっと靴底で砂を踏む音を立てながら、二人は堂内に足を踏み入れた。
「いつも、ですか。リリアム殿とコルチカム嬢はそれほど頻繁に、こちらに?」
「はい。礼拝堂にはよく足をお運びになられ、その度に供を命じられました。
お一人の時は少なく、パーテック様などご友人方がよくご一緒でした」
背後の話を聞きつつ、王子は礼拝堂内を見回した。
中央は広めの通路が祭壇へと続いており、左右には信者の座る椅子が据え付けられている。
礼拝堂の横壁と椅子の間は多少幅を取っており、狭いながらも、人一人分の通路がまっすぐ通っている。
西側の窓の外は、日除けの灌木が強めに剪定されているのか、枝がバッサリと切り落とされ、外の景色が丸見えだ。
逆の東側はまだ剪定されていないようで、日除けの灌木がきちんと仕事を果たし、柔らかな木漏れ日を礼拝堂内へ届けている。
そして。
南にある大扉の左側――入口から見て西側の床が、べったりと血で汚れていた。
窓からは3歩か4歩、離れているぐらいだろうか。
椅子や壁に血が飛び散ってないため、余計に床についた大量の血の跡が目立つ。
「ガードン衛兵隊長殿、確か、背後からの一突きだったな」
「そうですな。凶器は見つかっておりませんが、背中の深い刺し傷が死因とみて間違いありません」
「刺し傷、刺し傷なぁ……」
王子の目が、少々遠くなった。
「あー、今年の騎士科の演目って」
「短剣と、レイピアと、細身長剣の性能差検証でございましたね」
「ぜんっぶ、刺すのに適した得物だな!?」
思わずガードンを振り返りった王子だったが。
「そう思って、昨日の内に在庫を確認しております。
紛失したものはありませんでしたな。
昨日の片づけの最中に盗み出して、凶器に使われたというのは難しいでしょう。
周囲に耳目がありすぎます」
打てば響くように返答があった。
やはり、ガードンも同じ連想をしたらしい。
とりあえず安心した王子は、あらためて現場を振り返った。
「大扉の方に向かって倒れていたそうだな。
逃げようとしていた、ということか」
「はい、それと、通路に血の跡が残っておりましてね」
ガードンが、西側の通路と、その先を指さした。
西側の通路を北へ、言い換えると正面祭壇の西の北壁に、小さな扉があった。
小さな扉の取っ手付近と床には血の跡がはっきりと残されており、通路にも点々と跡が残っている。
「背中からの一突きが死因だったそうだが、他にも傷が?」
「腕を切られてました。
とっさに手を上げて庇おうとしたんでしょうな。
防御創がかなり深く」
小扉の近くには、血まみれのかんぬきの横木が転がっている。扉の先を見れば通路が続いており、右手にまた小さな扉があった。
「聖具室でしたよ。
凶器が残ってないか、衛兵が探しておる所です」
ガードンが通路先の右手にある小さな扉を指し示す。
言う通り、数名の衛兵が開け放たれた扉から姿が見えた。
こちらにもわずかだが、床に血の跡が見て取れる。
「血痕から予想すると。
聖具室から呼び出され、この通路で襲われ、礼拝堂へと逃げ込んだ、か?」
「おそらくは」
「それで礼拝堂の扉を閉めて、かんぬきの横木を手に取ったが、扉は力ずくで開けられたんだろうな、この様子では」
扉付近には、はっきりと血の跡がついている。
扉越しに押し合っていたなら、横木を手に取ったとしても、かんぬきをかけることは難しい。
押し合いに負けて、背中を見せて逃げて――
「あの大扉前で背後から一突き、か」
「おそらくは。
荒事とは無縁の侯爵令嬢であれば、襲われてすぐに魔法で反撃、とはできなかったのでしょう。
新兵でも、炊飯中に魔獣に襲われたら、剣を抜くよりも先に逃げますからな」
ガードンは頷いた後、大きくため息をついた。
「聖具室前の通路で襲い、腕に大けがを負わせ、逃げたのを追いすがり追いつき、出入り口付近の大扉の前で背後からぐっさりと一突き。
その大立ち回りを。
学園の生徒でもない、身体強化の魔法の一つも使えない。
逃げもせずに庭仕事をしているあの小柄なブラウン殿か。
逃げもせずに黙って我々に付いてきている、そこの触れたらぽっきり折れそうな侍女殿が、行ったというわけですな」
ガードンは王子を見た。
王子はガードンを見た。
「わかったぞ!
犯人は、コルチカム家の使者だな!」
消去法で考えようぜ、とフランクに提案する王子。
「そういうわけにはいきません」
「適当に決めないでください、殿下」
即座に却下するガードンとアンダロ。
「いや、ほら、グロリオサって、けっこうアレだったろ?
恨み買ってそうじゃないか。
たまたま一人で、やるなら今だと、いらん決断力を発揮したとか、ありえそうじゃないか」
言われるとありえそうに思えてくる説得力が怖い、とガードンは思った。
それほどまでに、グロリオサの態度は傍若無人だったのだ。学園を警備する衛兵たちでさえ、被害が無かったとは言い切れないほどに。
「そういうわけにはいきません。
コルチカム家には、使者殿の出頭を要請しておるので、そちらからも話を聞いてからですな」
ガードンは咳払い一つで、ちょっと揺らぎそうになった考えを立て直す。
王子がその様子を見て、よしっ、と声を上げた。
「まだるっこしいな。
侍女どの!
あなたは刺したり、危害を加えるなど、グロリオサに何かしたろうか!?」
侍女が一瞬、目を大きく見開くも、また無表情に戻り、感情の無い平坦な声で応えた。
「いいえ、何も。
わたしは、お嬢様に、何もしておりません」
「だ、そうだ、ガードン衛兵隊長。
真実を告げる魔法はどうだったかな」
朗らかな笑顔を浮かべ、王子はガードンを振り返った。
「殿下、勝手な行動をしては困ります、が。
――真実、でしたよ。
侍女殿は、本当に何もしていない、ようですな」
苦り切った声音で、ガードンは答えた。
こっそりと行っていたはずの切り札の魔法が、すでに知られていたという痛恨の事実。
「なかなか上手い聞き方ですな、殿下。
急に、『なにかしたか』と問われて、誤魔化して『考えて』から、答える者はそうそうおらんでしょう。
何かしていたなら、とっさに嘘をつくでしょうな。
そしてその嘘に、この魔法が反応する。
この魔法のことをご存知で?」
「これでも王族の端くれだからなら。
殺したか、と聞けば、刺しただけだと誤魔化し、『殺してない』と答えて簡単に躱すことできる。
そういう、いわば抜け道の方を、主に学んだな」
例えば、崖から突き落として殺したとしても、背中を押しただけで殺してない、といくらでも言い逃れが聞く魔法だと、王子が続ける。
「あまりに言い逃れが自由すぎるのと、たしか、魔力消費がひどすぎて、一日に一回か二回しか使えないはずだ。
しかも、一言二言分ぐらいしか判別できない。
おかげで、すっかりマイナーな魔法になった」
実際に使っている所を見たのは初めてだ、と王子は言って、ガードンを見た。
「この魔法は、相手が使われているとは気づかずに、何気なく話している時に、真骨頂を発揮するものなんですよ」
「庭師のブラウン殿の所でも、使ったんだろう?
不自然なまでにずっと無言だったからな。
なるほど、使うタイミングを計っていたんだな」
それで、と促す王子に、ガードンは諦めて知りえた事実を伝えた。
「ブラウン殿は、真実、礼拝堂の中へ入っていないようです。
庭でそれを聞いて、犯人からは外しましたな」
ガードンはそう言って、ちらりと侍女に目を向けた。
無表情ながらもびくりとするリリアムを、アンダロが安心させるように握る手を強くする。
「ガードン衛兵隊長殿、みだりに淑女を脅かさないでください」
「これは失礼した。
ずっと窺っておりましたが、たった今の発言で、疑いは晴れましたよ。
いやもう、これはコルチカム家に……」
一礼し、ガードンが謝意を示した時だった。
「隊長、隊長、大変です!
コルチカム家は使者を、一度しか学園に出していないそうです!
二度目の使者は、偽物です!」
衛兵の一人が、息せき切って駆け込んできた。
「なんだと!?
それは本当か、急ぎ伝令を出せ!
……申し訳ないですが、殿下」
怒鳴って駆けだそうとしたガードンだったが、ぎりぎりで思い出し、顔だけを王子に向ける。
「ああ、わかってる。
手間をかけさせたな、現場の指揮へ戻ってくれ。
共通認識は持てたと思っている」
鷹揚にうなずいて、王子はガードンを見送った。
しばらくして、アンダロとリリアムを振り返る。
「我々も出ようか」
陰惨な印象を残す礼拝堂を出て、三人はそろって学園へと続く道を辿った。
「すまなかったな、侍女殿」
アンダロにエスコートされたままのリリアムにちらりと視線を向け、王子が言葉を紡ぐ。
「どうやら今回の事件は、王家と、コルチカム家と、貴族の、権力争いによるものだったようだ。
第二王子派の主軸であり、後押しの要因となったグロリオサ。
王家、というより、王太子派にとっては邪魔だろうし。
コルチカム家も、一枚岩ではなかったのかもしれない。
貴族からしたら、権勢を強める侯爵家を蹴落としたかったのかもしれない。
少なくとも一介の侍女が、権力争いに巻き込まれる必要はなかったはずだ」
足元の、ささやかに咲くコスモスを避けながら、王子は前を向く。
「学園長に言って、客室を用意させよう。
護衛も頼んでおく。万が一があってはならん。
……アンダロ、王城へ向かう、供をせよ」
「かしこまりました」
「さて、アンダロ、この馬車の中なら、他の耳目は気にせず話すことができる」
馬車の中、王子は前振りもなく切り出した。
「表向きの決定を覆すつもりはないが、陛下には偽りなく真実を語らなければならん。
真実を知らずして決定するのと、真実を知ってなお事を収めるのとでは、違うからな」
そこまで言って、王子は表情を崩した。
「とは言っても、俺にはさっぱりなんだがな!
すまんが教えてくれ。
何がそんなに気になっているんだ?」
王子が、父王譲りだという、空を映す青い瞳を不思議そうに瞬かせる。
アンダロは直接答えず、自身も考えながら口を開いた。
「それではまず。
なぜ、コルチカム嬢は狭い方の通路に逃げたのでしょう。
南中央にある大扉に向かうなら、北西の扉から真っ直ぐ南西に逃げるのではなく、斜めに走って中央通路の方へ行った方がより近いですし、広くて逃げやすいと思いました」
簡単に言えば。
斜め前に目的地があるのに、なぜ直角な道筋で逃げようとしたのか。
そう説明されて、王子も確かに、と頷いた。
「次に。
どうして、傷を治さなかったのでしょう。
残された血痕からして、防御創はひどかったようです。
仮にも癒し手であるのなら、まずは治すのではないかと思いました」
「そして。
防御創は切り傷なのに、死因は刺し傷です。
少なくとも凶器は二つ。
ならば、犯人が複数いてもおかしくないと思いました」
「最後に。
去年、紛失したクロスボウが使われているとしたら。
少なくとも、一年前にもこの学園にいた者が犯人です。
一年かけて、コルチカム嬢を殺すために計画を立て、復讐をやり遂げた。
……窓の外から撃てば、礼拝堂に入る必要はありません。
誰か、一人、思い当たりませんか」
◇ ◇ ◇
どうしてだ、弟が倒れたのは、旦那様が突き飛ばしたせいだろう!?
お嬢様が癒し手様なら、呼んでくれよ!
お願いだ、お願いします!
学園にいるなら、今から呼んでくれたら。
なんなら俺が今すぐ呼びに行くから!
なんで、なんで呼んでくれないんだ!
……え、弟が、え?
だって今朝まではまだ……。
「おにいちゃん、いつもごはん、ありがとう」
いや、これが俺の仕事だから。
「ねぇ、おねえちゃん、いつかえってくるの?」
姉?
「おにいちゃんが、だんなさまに、おねえちゃんをよんでってたのんでたの、ここまできこえたよ。
だから、おねえちゃん、いつかえってくるのかなぁ、て」
いや、おれは、癒し手様を。
「おねえちゃんね、やさしいから、だいじょうぶだよ。
なんなら、ぼくも、おねえちゃんにたのむね」
……癒し手様を……。
「だんなさま、ぼくをここから、だしてくれないかなぁ」
「……出してやる。ここからおまえを、俺が出してやる。
待っていろ、明日、いや明後日だ。
いいか、このことは絶対誰にも言うなよ。約束だ」
そーゆーことです!