くろーずど・さーくる、というやつだな! ~言ってみたかった
クローズド・サークル、それは、ミステリの専門用語。
使うだけで、ミステリっぽい雰囲気に。
聖リリィ礼拝堂。
もはや御伽噺と言われるほどの昔。
稀代の癒し手と謳われた聖女リリィが、愛した故郷に神殿を建て、そのままその地で天へ還ったという。
時が過ぎ、朽ちかけた神殿の跡地に学園が建てられ、今ではもう、小さな礼拝堂が面影を残すのみ。
学園では貴族の子女が多数集まるため、要所要所に衛兵が立つ。
衛兵を束ねるのはガードン衛兵隊長で、グロリオサ=コルチカム侯爵令嬢の件では、当然、聖リリィ礼拝堂に駆けつけた。
「第一発見者は、ピィーテク=パーテック子爵令嬢、で合ってますな。
ダンス会場に駆け込んできたご令嬢でもあります。
姿を見せないコルチカム嬢を探しに行ったと。
今は部屋で臥せっております。
まぁ、深窓の御令嬢が死体を見たとしたら、妥当な反応でしょうな。衛兵はつけております」
一夜明けた衛兵詰め所で、ガードン衛兵隊長は学園長と、なぜか第二王子とその従者を前に報告する。
学園長はともかく、なぜ第二王子と従者。
身分におもねった結果かと思ったガードンだったが、返ってきた答えはより政治的だった。
曰く。
現婚約者である侯爵令嬢の殺人事件に、当然、当事者である王子も意見が求められる。
その際、調査の進行具合に応じて見識を一致させておかなければ、王城と学園の見識が異なるのかと、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。
貴族社会からは言うに及ばず、神殿からも。
少なくとも、あれでもコルチカム嬢は癒し手だった。神殿は、決してこの件を放置はしない。
ゆえに、この場には殿下と自身の同席を許されたい。
派閥当主顔負けの発言は、学園の生徒でもあり、第二王子の従者でもある、アンダロ=キーパー侯爵令息の言だ。
その後で、アンダロはその名の通り口が堅い、秘密は守る男だから大丈夫だ、と第二王子から後押しがあった。
その名の通りって、何がだ。
ガードンには意味が分からなかったが、少々のことは飲み込むのが昇進の秘訣と、自分に言い聞かせる。
ガードン衛兵隊長は報告を続けた。
現場は聖リリィ礼拝堂。
被害者は、グロリオサ=コルチカム侯爵令嬢。
死因は、背後からの鋭い一突き。
第二発見者は、あの場に駆けつけた者たち。
すなわち。
ナッシンバット第二王子。
ロサブラッシュ令嬢。
アンダロ侯爵令息。
そして。
グロリオサ嬢付き侍女のリリアム=ロンギフロラム嬢。
「側仕えの侍女が、何か知ってると思ったんですが」
昼餐の後、お約束があるとのことで礼拝堂へ。
私には外で待つようお命じになられて、扉を閉めて中へ入って行かれました。
殿下、あるいは遣いの者がくれば、中に入れるようにと。
それまでは、ずっと外にいて待機するよう命じられました。
昼をとうに過ぎた頃、遣いの方がお一人来られて、中へ。
それほど時間も経たずに、遣いの方は出てこられて帰られました。
遣いの方をお通しした際、礼拝堂の中を見ましたが、お嬢様の姿は見えませんでした。
礼拝堂の奥に聖具室がございますので、そちらにおられたのかと存じます。
私はついて行っておりませんので、それ以上のことは。
「というわけで、何一つ、見てないわけでして」
「いや、どう考えても、その使者が怪しいだろう?」
王子が困惑顔でガードンを見る。
ガードンも、困り顔で王子を見る。
「それがですね、殿下。
その使者は令嬢の御実家、コルチカム家からの正式な使者なんですよ」
学園には、貴族の子女が集められている。当然、関係者以外立ち入り禁止である。
仮に外部の者が入るとすれば、事前に面会を申し入れておくか、正式な紹介状や家紋入りの書状が必要になる。
そして学園に入るには、入念な身体検査が必須で、その際には武装は解除される。
帯剣など以ての外だ。
「その使者に関しては、学園側にも記録が残ってまして。
当然検査を受けて、持っていたナイフを一旦学園側で預かってから、学園に入ってます」
ガードンは、昨日の夕方からの成果を、淡々と説明する。
誰もが怪しいと思う人物を、調べないわけがない。
「しかも、この使者殿、二日前も一度来てましてね。昨日来たので、二度目になります」
またもや困惑顔の王子に、ガードンも同意の意味を込めて頷く。
なんでこの使者、連日来るんだ、意味が分からない。
この状況で、不審が過ぎる。
「その答えは、侍女殿がご存知でして」
学園祭で忙しい中、急に来るなんて何を考えているの
殿下のダンスのお誘い以外、何も聞きたくないし、会いたくもないわ
目障りよ、出ていきなさい!
「あー……」
ヒステリックな声が脳内で再生された。
王子が気まずげに横を向く。
向いたら、アンダロの緑の目が、雄弁に語っていた。
「追い返されたんですね、どなたかのせいで」
口でも語られた。
「それで、二度目か。
……一度目で殺さず、二度目で殺す意味ってあると思うか?」
「とりあえず僕なら、一度目で追い返された時点で、殺意がわきますね」
「心せまっ!?」
主従のやり取りを前に、ガードンは続ける。
「怪しいは怪しいですが、身元も、二度来た理由も、はっきりしております。
裏を取りましたが、使者殿を追い返した怒鳴り……失礼、令嬢の申し付けは、他の生徒も聞いていたので間違いありませんな。
ちなみに、遣いの内容は、領地にある領主館でボヤ騒ぎがあったそうで。令嬢の部屋も少々被害があったので、その連絡だったらしいですよ。
念のため、コルチカム家に遣いをやり、御使者殿の出頭を願っておりますが」
ここで、ガードンは腹に力を込めた。
首が物理で飛ぶかもしれない不安を、衛兵隊長の覚悟で抑え込む。
「動機といえば、殿下と、ロサブラッシュ=ペティルス嬢は昨日の昼間、どちらに?」
ロサブラッシュ=ペティルス男爵令嬢。
元々は、領内の孤児院の子だったそうだ。
魔法の才能が見出され、領主に相談したところ、養女となって学園に通うことになった、とのこと。
百年に一度の逸材と、入学時に魔法学科の教員が騒いだのは記憶に新しい。
そして、最近騒がしているのは。
「ロサなら、昨日の昼間は俺と一緒に、学園祭の片づけをしていたな。
あ、アンダロも、一応いたぞ」
第二王子の恋人、という噂だ。
噂というより、もはや事実だが。
ガードン決死の職質に、王子は腕を組み、首をかしげて、さらっと問題発言を投下した。
「動機、動機なー。
ダメそうなら、駆け落ちしようとまで言ってくれてるんだが。
駆け落ちするのに、殺すものかな?」
女心はさすがにわからん、とガードンにバトンが渡された。
筋骨隆々、質実剛健、筋肉美が褒めそやされるガードンとしては、そんな女心バトン、渡されても受け取りたくはない。
それに「駆け落ち」。
思わず、王子と従者の顔を代わる代わる見比べるが。
王子は首をひねったまま思案顔で。
従者は無表情、心なしか視線は遠い。
元より、王子もロサブラッシュ嬢も目立つため、誰にも見られず殺しに行くような時間は取れないのは分かっている。
だが、命じたなら、別だ。
何か心当たりがあれば、後ろめたいことがあるならと、カマをかけたガードンだったが。
思いもよらなかった「駆け落ち」発言に、どう反応していいかわからない。
部屋に気まずい沈黙が下りた時、衛兵が新たな来客を告げた。
入ってきたのは、聖リリィ礼拝堂のアボット管理人だ。
元々、男子修道院の院長をしており、引退後、聖リリィ礼拝堂の管理人に就任した。
衛兵隊と共に、後からあの場に駆けつけた人物になる。
「お呼びと聞きました、ガードン衛兵隊長殿」
御年70歳というアボット管理人は、背も低く、ガードンの胸元ぐらいの背丈しかない。
「神殿に所属する貴殿に、本官からの強制はできませんが。
知りうる限りの、昨日の件と聖リリィ礼拝堂のことでご協力をお願いしたい」
「これはこれはご丁寧に。
もちろん、協力させていただきますとも」
心なしかアボット管理人が軽く胸を張る。
「昨日の昼過ぎに、コルチカム嬢と侍女殿が来られましたな。その後は、御使者殿が一名来られて、しばらくして出ていかれました。
そして夕方直前にパーテック嬢が来て、すぐに大門を走って出て行きましたな。
それ以外に、聖リリィ礼拝堂敷地に出入りした者はおりません」
一堂が目を見張る中、アボット管理人が笑う。
「昔取った杵柄でして。
男子修道院など、夜中に抜け出そうとする悪ガキどもとの戦いでしたよ。
おかげさまで、警戒の陣だけは一級品の腕前だと自負しております」
警戒の陣とは、俗に、呼子の陣とも言われる陣だ。
術者の決めた線を越えれば、術者にのみ聞こえる音で、警戒を促すのだ。
「この身は聖リリィ大門前の管理人小屋に住まい、事件当時は礼拝堂に足を踏み入れてはおりませんが。
出入りしたものは把握しておりますよ。
管理人ですからの」
ガードンは、アボット管理人をまじまじと見つめ。
がしっとその肩に手を置いた。
「ありがたい、なんと得難い証言であることか!
これで犯人はほぼ絞り込まれましたな」
晴れ晴れと笑うガードンだったが。
絞り込まれた犯人像に、あらためて、頭を抱える。
「御使者殿と、あの侍女殿か……」
両方ともコルチカム家の使用人である。
使者の方は、二度も学園に来たという不審っぷりだが、その理由も分かっており、怪しい所はない。
では侍女の方はと言うと。
昼過ぎから礼拝堂の庇の先で立っていたという。
命じられたまま、逃げるでもなく、ずっと。
念のため、女性衛士に検査してもらったが、衣服に返り血も付いてなければ、手にも体にも、血の一滴たりとも付着していないという。
なにをどう、疑えというのか。
「敷地内にいたと言えば、ブラウン庭師もおりますが?」
「誰だそいつ」
アボット管理官が思いついたように呟くと、初めて出てきた名前に、王子が被せ気味に食いつく。
「いえ、聖リリィの敷地内に、大量の百合の花と、礼拝堂の横に日よけの灌木が植えられておりましょう?
ブラウン庭師が整えておられるのですよ。
あの日は一日中、敷地内で草木の手入れをされておられたはずです」
一人、今までにいなかった人物の名が上げられると。
アンダロが、流れるように話を継いだ。
「なるほど?
では、元から何者かが礼拝堂に隠れ潜んでいた可能性もありますね。
前日から潜んでいたなら、当日の警戒の陣には引っかからない。
コルチカム嬢を殺し、それが発覚した騒ぎで僕たちや衛兵隊が駆けつけ、出入りが激しくなった頃合いに、紛れて敷地内から出て行った、と」
「なんでそんなことすぐ思いつくんだ、もう、犯人お前でいいんじゃないか?」
「とりあえずの可能性を口にしただけです。
適当に犯人を決めないでください」
それでどうなんです? とばかりに視線で促され、アボット管理人は首を横に振った。
「学園祭でしたからの。前の二日間は残念ながら、誰も。
二日分の水や食料を事前に持ち込んでいれば、できなくもないやもしれませんが」
全員が、全員の顔を見回した。
「とりあえず、共通の見解には至れたようじゃないか。
提案だが、一旦、関係者を集めて、現場に行ってみないか?
あと、そのブラウン庭師とやら、今日も跡地にいるだろうか。
できれば会っておきたい」
王子の一声で、場を聖リリィ礼拝堂へ移すことになった。
◇ ◇ ◇
この学園に通っているのはね
貴き血の流れる者
貴き血に役立てるよう自ら切磋琢磨する優れたる者
あなたのような身分卑しい無学な平民ごときが
貴き学徒の楽しみに顔を出しては
祭りが台無しになるわ
この二日間、使用人部屋で控えていなさい
窓から外を見て楽しもうなんてしてはダメよ
そうそう、主人より先に食べるなんて無作法
コルチカム家の者として決して認められないわ
わたくしが戻ってくるまで食事は無しよ
わかったわね、返事は?
――はい、お嬢様
王子がアンダーザローズとか、日本かぶれ、転生者っぽい言動しているのには理由があります。
「彼方にて幻を想う」という自作の世界観からなので、ご容赦下さい。