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よぉ、佐々川。
「マイケル君、いや、――君」
なんでお前がその名前を知っているのかはとりあえずおいておいて、元気そうじゃねぇか。
「うん、おかげさまで」
やれやれ、俺なんてのは轢かれ上がりだから息も絶え絶えだっていうのに。
「私も今さっき昏睡から覚めたらしいからいまだに意識が混濁しているよ」
ほう、そいつはどうやら面白そうな話だな。で、異世界旅行はどうでしたかい。
「うん、楽しかったよ」
やれやれ、俺は苦労しかしてないのにお楽しみになりやがって、結構なことだ。
「……ここに来た、っていうことはどういうことか知りたいのかな?」
何をだ。
「ほら、異世界での体験だよ」
……ああ、そりゃあな。俺が眠っている間にウクライナはどうなったかぐらい知りたい。
「ウクライナ?」
まあ俺が轢かれる前にもいろいろあったんだよ。
佐々川美鈴は一人の平凡な、いや少し天然で美人で、心優しい女性である。そんな彼女には重大な秘密があった。それは心臓に持病を抱えていることだ。そんな彼女だが高校生のころ運命の出会いを果たした。誰なのか、どうして運命だと思ったのかははぐらかされて定かではないが。まあ、どうやら彼女はそいつから告白を受けたらしい。ああ、もちろん俺も告白したが佐々川は結構な数を受けているらしく、それが俺であるかは定かではない。しかし断った。なぜか。それは彼女の持病が悪化してきていて、彼に迷惑をかけられないと思ったからだ。そんなの、相手は気にしないと思いますがね。それを支えての愛とかいうやつでしょう。まあ少なくとも俺はそう思う。まあ、そんなことは置いておいて、そしてその告白を泣くことを我慢しながら断ると、ついに病気はピークを迎え、すぐに昏睡状態に陥ったらしい。そして気づいたときにはあの世界にいたと。いや、いた、というのはおかしい。彼女はあの世界を作ったのだ。不自由な自分を開放できるようなあの世界を。その世界に俺がなぜ入ったのかははぐらかされたが、そして彼女は今病気で苦しんでいるほかの人々にも入ってもらおうと考え、引き連れた。やれやれ、それはさぞかし世界中で昏睡の波が起こったでしょうね。そんなことを言ってみると佐々川は「そこまで思い至らなかった」とはっとした表情になった。……これは天然というよりむしろ馬鹿ではと思ってしまった俺だが、ご愛嬌という奴だろう。
終わりが近づいてきましたね。




