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――という話なんだが――
「ハハ!面白いね!」
それどころじゃないんだが。……はぁ、なんで俺の周りにはこうも事件が――
俺は廊下にて西蔭智春にあったので雑談も兼ねてトレイシーちゃんの豊胸計画について話していた。
大体、あの雑誌こそ怪しいだろう。よく読ませてもらったが、運の上がるネックレスだの願いが叶うツボだのが高値で売られていたぞ。
「いいじゃないか。恋は盲目という奴だろう」
いやいや、トレイシーちゃんは絶対そんなわけじゃないだろう。たぶんあいつの言うバディ(buddy)っていうのは戦地で背中を預けられるって意味だろう。多分、竜みたいな幻影をアギトとでも呼んで白虎に変わる相棒を背に海外の執筆家たちと熱戦するんだ。ああ、それはトレイシーちゃんみたいな箱入り猫がやるもんじゃなくって、もっと野性的な、そう、宿無しの犬などがやるべきなんだ。
「……そうか。よくわからないな」
そうか。
「ただ、トレイシーちゃんの気持ちはよくわかるぞ。私も前は似たようなことをしてしまったわけだしな」
そうなのか?もしかして、その、いわく言い難いが――
「いや、胸は天然ものだ」
……そうか、ならよかった。俺もセンシティブな話題を出してしまったかと気が気でなかった――
「ただ、ほら、私はあんな教団に入ってしまったではないか」
教団、というと、ヴァニッシュ教団か。
「そうだ。まあ、今の私でもその時のどす黒い感情は名状しがたい。ただ、これはいえるだろうな。恋は盲目だと」
……ふっ。お前も恋に目覚めたか。
「ああ、誰かさんのおかげでな」
ああいいさ。少女であることの楽しみってのはそのドキドキ感にあるんだ。十全に楽しむとよい。
「ハハ!他人事だな」
事実、他人であるわけだしな。
それから数日たったある日、この日ってのはつまりトレイシーちゃんの豊胸手術が終わる日だ。俺は内なる好奇心を抑えられずに生徒会室に向かっていた。さあ、どのようにして騙されて、どのようにして泣きじゃくっているのだろう。本当に楽しみで仕方ない。俺は生徒会室の扉に手をかけると、一つ深呼吸して覗くように開けた。そこにいたのは――
――胸が膨らんだトレイシーちゃんだった。
まさか!
俺は驚きのあまり扉を勢い良く開けると、歩幅を大きくトレイシーちゃんに近づいた。
「お!来たかマイケル!見よ!これが――」
俺は勢い余ってトレイシーちゃんの大きな胸をわしづかみにした。確かにムニムニと柔らかい。これは、確かに、おっぱいではないか!俺の中には確信した声が反響し、衝撃となって脊椎を駆け巡った。
「ちょ、ちょっとマイケル、積極的すぎるぞ」
そういうのは、胸の大きさが元に戻ったトレイシーちゃんだ。頬は幾分上気している。目の前にはシリコン製の胸パッドが置かれている。奥ではリンダさんが怪しく笑っている。つまり、こういうことだ。
トレイシーちゃんは確かにその場所へ行った。その場所、というと豊胸手術を請け負ってくれる場所だ。それが、存外にちゃんとした会社だったらしい。トレイシーちゃんの体を女性スタッフがしっかり調べると、なんと、手術ができないことが発覚した。というのも、その会社は、確かに魔法で人体の構成要素を錬成できるが、それは無理のない範囲ということだったからだ。何が言いたいか。つまりトレイシーちゃんにはおっぱいが大きくなる可能性、潜在的可能性を含めても、毫も存在しなかった。その時点でトレイシーちゃんはぐずってしまい、会社側はお詫びに胸パッドを破格で作ってくれたらしい。以上、トレイシーちゃんの付き添いで行ったリンダ・ジョンソンの言である。俺は安心した。トレイシーちゃんはやっぱりそのまま不運なままがいい。なぜかリンダさんの話に小さい胸をそらすトレイシーちゃんに哀愁が見えたのは俺だけではないはずだ。
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