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学校の授業が始まったわけだが、ハイレベル過ぎて困惑せざるを得ない。
先生が黒板に何かをつらつらと書き出すと、生徒たちは一斉にカリカリとノートに書き込む。
先生が何かしらを宣うと周りはぶんぶんと首を縦に振っては、これまたノートに走り書きをする。
俺はと言うと、流石にそこまでのオーバーリアクションはしていないが大体同じようなもんだ。
ついて行くのに必死さ。
これが、前世とあまり変わらない数学とかならまだわかるのだが、地理となると珍紛漢紛だ。
皆は知っているであろう名所を、俺は当然知らないのだからな。
しかし、それも楽しくはある。
学生の時ってのは、やっぱり前世でもそうだったが勉強に辟易とするわけだが、何年か経つと勉強ってのもいいもんだと思い始めるわけだ。
勉強ほど時間を忘れられて、知的好奇心がくすぐられて、達成感のあるものはない。
確かにゲームなんてものも時間を忘れられるがしかし、その後に残るのは虚しさだけだ。
いや、プロゲーマーなら或いは。
ただ、俺ってのは凡人だろう?
いや、あんたはどうかわからないが少なくとも俺は凡人だ。
そんな俺にこそ、勉強ってのは似合う。
勉強をしている時は俺の凡庸さも忘れられるからな。
むしろ非凡と思えるまである。
まあ、こんなどうでもいいことなんか、凡人の俺がつらつら述べてみたりしたところで、皆さんはもうお気づきのことかもしれないからここら辺でよそう。
「マイケル君」
そう俺に呼びかける声がある。
その声は少女らしい高音で、琴の音のようなハリがある。
出会い頭に「変質者に追われているんです!」と宣ったあくせくとした声色はすっかり鳴りを潜め今は大層阿重霞なものだ。
「どうした、佐々川」
彼女の名前は佐々川美玲。
唯一と言っても過言ではない日本名に俺は親近感を抱いている。
最も、そんなことをなんの脈絡なく宣ったところで気狂いの類と思われるのが関の山だろうから、決してそんなことは言ったりしないが。
「ここの問題がよくわからなくって」
「ああ、これか?これはな、ーー」
「そうなんだ!ありがとう!」
彼女の機微に合わせて揺れ動く長く艶やかな黒髪は仄かに甘い匂いを漂わせる。
焦茶な虹彩、黒く澄んだ瞳孔は見るものをして宝石を連想させ、整った目鼻立ちは真善美を髣髴とさせる。
やれやれ。
とここで俺は誰かさんの憂鬱を想起しながらこんなことを思ってみるわけだ。
俺は一体、なぜこんなキラキラした方に変に懐かれているんでしょうね。
しかし、万事塞翁が馬。
これが俺の運命だと言うのなら甘んじて受け入れよう。
人気になりたい。