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目の前からうなり声が聞こえる。その声はかわいらしく、何なら一緒に手伝いたいと思うほどなのだが、しかし、俺は今それができない。盤面はなおも黒く塗られていて、このボードゲームの優勢はだれがどう見ても明らかだろう。俺たちは今オセロをやっている。黒が俺で、白が佐々川さんだ。佐々川さんは、悲しいかな、こういう頭を使うボードゲームがものすごく弱いので、あのキーナー、にっくきキーナーに連敗を決している俺でも赤子の手をひねるほどたやすく勝ててしまう。しかし、この回もそうだが俺と佐々川さんの対決はいつも佐々川さんからの提案で始まるのだから下手の横好きという奴だろう。
「たのもー!」
佐々川さんの手が動かざること山の如しとなって、キーナーが傲然と高みの見物を決め込んでいるとき、屋上の扉を開いたものがいた。西蔭智春である。
「お?もしやオセロをしておられるな?」
西蔭智春が興味津々といった感じで盤面に近寄る。西蔭智春はあの一件から俺たちのたむろっている屋上によく顔を出すようになった。確かキーナーとはあのトラブルが初対面という感じだったはずだから、トラブルから始まる友情ってのもあるんだなと、つくづく俺は感心した。
「ふむふむ、マイケル君の優勢ですな」
状況を一通り確認した西蔭智春はそんなことを宣った。
「ええそうね。何度か危ない場面はあったけど」
「というと?」
「年中ボッチのマイケル君は空気が読めないから定石を乱して場も乱すのよ」
おい、さすがにそれは言いすぎだろ。
「ほうほうなるほど」
なるほどじゃないぞ。なるほどれる要素はどこにもないぞ。
「た、ただ、佐々川さんがちょっと、ちょっとね、アレだから、その、そういうチャンスを逃しちゃってるのよ」
全然オブラートに包めてないからな。むしろ素直に馬鹿といったほうが良かったまである。なんだ、お前だって空気読めてないじゃないか。俺と同類、いや、俺以下だな。
「ほうほう、佐々川さんは馬鹿だと」
ああもちろん。だってこの前のテストだって及第点ぎりぎりだったし、前なんて朝の7時と間違えて夜の7時に学校に来たんだぞ?それを――
「あ、私は知りませんからね」
西蔭智春は満面の笑みでいう。
知らない?何をだ。
前に向き直るとそこには――ふくれっ面をした佐々川さんがいた。
あ、あー、まあ馬鹿だけどそれも……そう、個性の一つってこと――
右頬に衝撃が走ったかと思うと、パシン!という乾いた音がした。
一人、また一人と各々の帰路について行って、残ったのは俺と西蔭智春のみだった。夕刻を過ぎた道はすっかり暗くなり、点々とともる街灯には西蔭智春の八重歯が見え隠れした。
「いやぁ、学校って楽しいんだね」
そりゃあな。同年代の人たちが集まるし。
「私、最近が一番充実してるよ」
そりゃあよかったな。俺としても佐々川とキーナーは誇れる友達だから、気に入ってもらえて嬉しいよ。
「それもあるのかもしれない」
それも?と言うと他の要因もあるのか。
「うん、あるよ」
なんだ。
「それはね、……ううん、何でもない。こんなところで軽くいったらキーナーさんたちに失礼だから」
そうか。いや、キーナーは存在が失礼だからそんなこと気にしなくたっていいんだぞ。
「プッ!そうやってまた意地悪して」
意地悪じゃない、事実だ。
「あはは!そういうマイケル君の偏屈なところってすごい面白いよね」
ほう、俺を偏屈とみるか。じゃあお前はキーナー学派だな。ちなみに俺のほうには佐々川さんがいる。俺の学派はキーナー学派と違っておおらかで礼儀正しくて――
「知りたい?もう一つの要因」
そう、なんといっても――ん?ああ、もちろん聞かせてくれるなら知りたいが。
「そう。それはね、マイケル君、君のおかげだよ」
俺のおかげ?おいおい、俺ってばいつからそんな面白人間になっちまったんだ。
「ううん、そうじゃない。確かにそれもそうだけど、それだけじゃない。でも、今はたぶんわからないと思うな。だけど、もし、もしもだよ、その時が来たら、マイケル君が『ああ、これが西蔭の言っていたその時か』と思う時が来たら、真正面から向き合ってほしい。そして良ければ私を受け入れてほしいな。私一人だけとは言わないからさ」
あ、ああ、よくわからんが承知した。
「あ!私あっち行くから!じゃあね!」
そういって手を振った西蔭智春は、遠くへ駆けて行った。
急ぎで書いたので誤字脱字があるかもしれません。




