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、、、、、、ふむ、結構なお手前で。
廊下を裸足でひたひたと歩いていた俺を最初に見つけたのはこの家、いや、屋敷の家主、つまり俺の父親らしき人だった。
窓から覗く太陽は昼間だと指し示している。
それに照らされる父親の顔は驚き困惑していた。
まあ、これは後日の、というより後の談であるが、元の俺は引きこもりだったらしい。
だからこんな真っ昼間からよく見かける路上喫煙野郎よろしくフラフラと外に出ているっていうのは奇怪であると。
そしてものの見事に捕えられた俺は、食事の席に座った、いや、座らされたわけだが、そこで出されたフィッシュらしきものの煮付けがすこぶる美味しい。
これに熱中しすぎて、今、自分がどういう状況かを忘れたくらいだ。
しかし、そうはいかない。
俺は父親らしき男性のこの一言で一気に現実、新たな現実、夢であって欲しい現実へと引き戻された。
「で、どういう風の吹き回しだ」
俺はその言葉を聞いて正直にことを話すべきか、それともなんとなくやり過ごすべきかという二者択一に狼狽えた。
前者は間違いなく精神疾患病棟行きであるし、後者は後者でいつボロが出るかビクビクしながら生活しなくてはならない。
いや、待てよ。
俺はこう考えた。
つまり、俺に記憶があるという前提がダメなんだ。
そこで、俺はこう演じた。
いや、もしくは率直に告げたのだろうか。
「ごめんなさい、あなたは誰ですか。そもそも、僕は誰ですか」
父親らしき人の眉間の皺が深くなる。
やっぱり威厳のある人の困り顔ってのは、これまた威厳があるんだな。
そんな無為自然な感想を漠と思いながら、父親の後ろにある窓から庭と思しきひらけた場所の景色を眺めていると、メイドの1人が主人に告げた。
「記憶喪失かと」
ええそうです。
俺は心の中で手揉みしながら肯った。
いや、本当は違うんだがこの際それでいいだろう。
ですので親父さん。そろそろ俺を緊張から解放してくれませんかね。
長丁場に及ぶ緊張は俺の胃をキリキリ舞いさせていやがるんです。
ああ、これじゃあこんなに美味しい魚の煮付けも俺のお袋の味噌煮と同じぐらいになってしまう。
ちなみに俺のお袋は料理が苦手であるからいつも冷凍食品だった。
「記憶喪失、か」
俺となんの面白みもない睨めっこを幾ばくか続けた俺の父親と思われる人物は諦めたようにため息を吐くと、そう宣った。
「先に言っておくが、私はお前の父親、ジョー・フィッシャーだ。そしてお前がマイケル・フィッシャー。私たちは男爵でーー」
そこからの俺は脳を働かせずに聞き流した。そりゃあ、わけわかめなことをつらつらと述べられたって真摯に聞けるわけがないだろう。
大体、神様はどうなっていやがるんですかい。
こんな情報量の大海原に無知蒙昧な俺を投げ込んでなんとかうまく行くとお思いですかい。
まあ、話を聞く限りでは今から高校生なるものになるらしいし、まだこれくらいのディスアドバンテージは許されると思われるらしいが。
しかし、ということは今から勉強三昧でしょう?
俺は勉強を蛇蝎のごとく嫌っているのでね、これはなんとも度し難いと言うやつだ。
まあ、これも平々凡々だった俺の、勉強をやり直す機会だと思えば沸々とやる気が煮えたぎるのを感じる。
ここはいっちょ、皆さんの指導に食らいついてやろうではないか。
ゆっくりでええんや。ゆっくりで。