009 森の魔女、アンリエッタ女王陛下が突然研究所を訪問して驚く
私は家に戻ってペニシリンを作っている以外は、通いの女性たちが育てていた薬草を育てている。薬草に肥料と水を与えていると、「エルザ、今日もコーヒーをお願い」と爽やかにジルベスタ様が研究所にやって来ていた。
「はい、すぐに淹れますので少しお待ちください」私は研究所に入った。
別の部屋ではフェルドン先生とジルベスタ様が話し合っている。
「若い騎士の中には黒の軍師を暗殺すべしと言っているのもいます」
「ジルベスタ、頼むよ」
私は、あの発言で復讐派の怨みをかったようだ。駐屯地に行くのは命懸けになった。
「はい、コーヒーです」と言って二人の前にコーヒーをそっと置いた。
◇
「所長、大変です。アンリエッタ女王陛下がこちらに来られると先触れが来ました」
「はあ、ジルベスタを追いかけてだな。ジルベスタ、女王陛下のお相手は任せたよ」
「叔父上、私には研究所の案内は出来ません」
「エルザ、よろしく頼む」何で最後は一番下っ端に振るのだろうか? 私に拒否権がない。
「案内だけなら……」
◇
「ジル、聞いたわよ、黒の軍師が復讐派を黙らせた話!」
アンリエッタ女王陛下はジルベスタ様に会いに来ただけだ。案内する必要はない。後はジルベスタ様にお任せしよう。
「ねえ、エルザ、私もコーヒーというのが飲みたいの淹れてくれる」
「はい、ミルクとお砂糖は?」
「ジルと同じで良いわ」
私はコーヒーを淹れにその場を離れた。緊張が解けてどっと疲れた。
私はお毒味係、侍従長に監視されながらコーヒーを淹れている。まずはお毒味係がコーヒーを飲んだ。
「苦い」お毒味係はコーヒーがお嫌いなようだった。
「女王陛下が所望されています。まあ、おそらく二度と頼まないでしょう」と侍従長が言う。良かった。
私が淹れたコーヒーを侍従長が持って女王陛下の元に向かった。助かった。私は自由だと思ったら、侍女が女王陛下がお呼びですと私を呼びに来た。フェルドン先生とジルベスタ様がいるのだから、一番下っ端の私には用はないはずなのに! なぜだ?
私は、侍女にほぼ連行されるように応接室に連れて行かれた。
「黒の軍師が喋ったのよね? どんな声だったの」
「低くて、少ししゃがれた声でしたよ」
「黒の軍師って男だったの! 私ね、てっきり女だと思っていたのよ。女の勘で。そう男だったの」
アンリエッタ女王陛下は事前に調べていたはず、これって私を試している。女の勘は本当に恐ろしい。
「ジル、復讐派の騎士の人たちは黒の軍師をぶっ殺すべしって叫んでいるみたいだけど、どうするの?」
「ワルドは復讐派に近いし、危なくない」
「ワルド副団長は復讐派に同情はされていますが、情に流されるような方ではありません」
「ジルも狙われているのに、落ち着いているわね。あなたが黒の軍師なんていうのを連れて来たからだと言っている連中も多いのよ! 私は絶対に許さないから。告発があれば即座に牢獄に送っているのよ」
ジルベスタ様は、私よりまずい立場かもしれない。間違いなく多くの騎士から怨まれている。
「女王陛下、それはやり過ぎです。牢獄に送った騎士たちを自由にしてください」
「どうして、連中はあなたの命を狙っているのよ。同情の余地なし。父上が反対するから処刑はしていないだけよ。でなければ即座に処刑よ」
アンリエッタ女王陛下はジルベスタ様への執着が凄いのはわかった。もし、私がジルベスタ様の恋人になったら、即座に処刑されると思う。
「女王陛下、私は騎士ですから、自分の身は自分で守れます。ご心配なく」
「ジル、ここは王宮ではないのだから、アンリエッタと呼んで良いわよ」
「女王陛下、それは認められません。お父様に報告します」
「ジイは聞こえなかったことには出来ないわけなの!」
「出来ません。ジルベスタ殿、アンリエッタ様ならギリギリ認める。呼び捨ては不敬である」
「侍従長、ありがとうございます」
「アンリエッタ様、侍従長をあまり困らせないように」
「そう、私ね、このコーヒーが気に入ったので時々、ここに飲みに来ますからね。フェルドン、良いでしょう」
「女王陛下の御心のままに」
また、アンリエッタが来るの! 勘弁してください。毒味役さんが辛そうな顔になっているし。
「ジル、ドンゴンバルトの拠点は潰せているの? どうも情報が漏れていていつもひと足違いで逃げられているらしいって聞いたけれど」
「かなり深く王宮内部に入り込まれているようです。しかし、近々取り除くのでご懸念には及びません」
「この会話を聞いてドンゴンバルトに亡命してくれると嬉しいのだけど」
女王陛下の側近が情報を流しているのだろうか?
皆さん、貴族らしく表情が変わらない。
「アンリエッタ様、私は騎士団に戻ります」
「私も王宮に戻ります。フェルドンありがとう」
そう言うと暴風のようにアンリエッタ女王陛下が去って行った。
「叔父上、すみません」
「仕方ない。お前も身辺には十分注意するようにな」
「はい、叔父上」そう言うとジルベスタ様は騎士団に戻られた。
「エルザ、すまない。私にコーヒーを……、疲れた」
「ご一緒してよろしいですか?」
「もちろんだ」
私たちはいつものようにため息をつきながらコーヒーを飲んだ。疲れた……。