006 森の魔女、王宮に行く
「あのう、私、貴族のお作法とか知りません。困ります」
「儀礼官の言う通りすれば、何とかなるはずだ」
私はエルザ・ド・ラボアジエという名前が与えられた。ラボアジエって化学者で確かフランス革命時に断頭台で処刑されたのでは……。私はとっても危ない世界に入ってしまったみたいだ。ジルベスタ様に会えたのはあの時だけだし。
「エルザ、諦めろ。ため息をついても状況は変わらん」
◇
王宮に到着してからすべて儀礼官の指示通り動いて、表彰及び受勲式は終わった。問題は「午後からお茶会をしましょう。フェルドン、エルザ」と女王アンリエッタ陛下の一言から始まった。儀礼官はひどく慌てているので、ハプニングのようだ。
隣でフェルドン先生が「またアンリエッタ様の気まぐれが始まった」とこぼしていた。私たちはお茶会の用意が出来るまで別室に通されてお茶を飲んでいる。
「アンリエッタ様はジルベスタが大好きで、ジルベスタの話は何でも尋ねたがる。おそらくだがエルザの身元調査も完璧にしているはずだ」
「フェルドン先生、私、かなり危険な立場にいると思います!」
「エルザの場合、利用価値がある間は処刑されたりはしないと思う。ただ今後は警備兵という名の暗殺者が側近になると思う」
「フェルドン先生、短い間でしたがお世話になりました。私、森に帰ります」
「それが良いかもしれない。今ならドンゴンバルトに誘拐されたと思われる」
「えっ?」
「エルザ、知らないのか? ウチの研究者、通いで来てくれている女性職員が拉致されかけた事件が頻繁しているのを、私にも警備兵という名の暗殺者がついている」
「何ですか? それは大変じゃないですか!」
「ドンゴンバルトの諜報機関は優秀だ。エルトリアには進んだ医療技術があることがわかった。そしてそれを開発したのが私たちの研究所ということもね」
「エルトリアとしては進んだ医療技術は大切な外交カードだ。拉致されるくらいなら殺せとの指示が出ている。これは騎士団長情報で確かだ」
こんな事になるなら、森でジルベスタ様に薬を売って、妄想に耽っている方が良かったと思う。
「先生、どうしましょう」
「今はアンリエッタ女王陛下とのお茶会を無事に終わらせることだけを考えること。エルザ、アンリエッタ女王陛下の誘導尋問に注意すること。女王陛下は誘導尋問の名手だ」
◇
お茶会の用意が整ったので来るように言われて、ついて行ったら、アンリエッタ女王陛下のプライベート室だった。華美な装飾はなく品よく纏められたお部屋だった。書棚には様々なジャンルの本が収められているので羨ましい。
「エルザ、あなたはエルザ・ド・ラボアジエ男爵家を継いだのよね」
「実際のところは、どこの酒場で働いていたの? 平民が貴族の妃になる時に使う常套手段なので尋ねているの? かなり調べたのだけど、何も出て来ないのよね。完璧に隠蔽されているわけ」
「それで、フェルドンといつ結婚するの?」
アンリエッタ女王陛下は私に考える暇を与えない。
「フェルドン先生、私と結婚されるのですか?」
「アンリエッタ女王陛下、私が独身主義者なのはご存知でしょう? エルザとジルベスタの関係をお尋ねになる方が有意義だと思います。私は巻き込まれたくありません!」
「フェルドン、エルザとジルベスタとの関係も出て来ないのよ。何でもジルベスタの従者がよく行く駐屯地近くの薬局屋にいたのはつかんだのだけど……。直接ジルに会ったわけもなく繋がりが不明なの」
「エルザの身元調査には穴が多くて、ねえどうなっているの?」
「どうと言われましても、平民ですし、貴族の方の様にしっかりした記録もありませんし」
「フェルドン、あなたコーヒーという飲み物を飲んだことがあるわよね!」
「はい、ございます。エルザが疲労を多少緩和する飲み物だと言われて飲みました。砂糖とミルクを入れないと苦かったです」
「その時ジルもコーヒーを飲んだそうね!」
「ええ、飲みました。飲むとすぐに部隊に戻りました」
「エルザ、コーヒーって何?」
「私が昔住んでいた地方ではよく飲まれていた飲み物でした」
「その村はどこなの?」
「幼い頃のことなので覚えていません」
「あなたって外国の人? 髪の色はブラウンだし、瞳もブラウンだし、お鼻は低いし……」
アンリエッタ女王陛下は金髪、碧眼で、鼻も高いし、私と違って胸も豊かだ。女性としての日本基準というか、一定数いる日本人男性が憧れる女性だと思う。私は一部のマニアが好きな地味っ子だ。
それにしても詳しい。あの場にいたのはフェルドン先生とジルベスタ様と私とジルベスタ様の従者の四人だけだった。
「エルザ、ジルとは何でもないわよね!」
「はい、何でもないです」
「良いこと、ジルは私のお気に入りなのよ。わかっているわね」
「はい、わかっております。アンリエッタ女王陛下」




