004 森の魔女、フェルドン薬物研究所に入所する
メガネで白髭の先生はフェルドンさんと言う人で医師で薬剤師だった。個人経営のフェルドン薬物研究所の所長でもある。
フェルドン先生は騎士団長の掛かりつけ医師だったりする。その縁で今回の遠征に騎士団長に同行する形で参加することになっていてあくまで私的な参加だったりする。
フェルドン先生も騎士団長もドンゴンバルトの戦い方は熟知されていて、騎馬で突撃する戦法が主流のエルトリア王国軍に多大の損害が出るのを覚悟していた。
私はつい「銃槍の化膿止め薬を作ってみたいです」って言ってしまった。
「ほう、どうやって作る」
「青カビを培養して薬液に浸し、炭で不純物を取り除いて注射器で血管にその薬液を入れます」
「エルザ、お前は魔女なのか?」と不意にフェルドン先生が直球を私に投げてきた。
「はい、我が家は代々魔女です」
「騎士団長、騎士団に魔女がいると何かとまずかろう。エルザはウチで預かるが良いかな?」
しばし騎士団長は熟考して、その方がお互い動きやすいかもだな」
そういう成り行きで、私は騎士団の厨房からフェルドン薬物研究所に転職することになった。フェルドン先生と私が遠征に行くのは極秘扱いになっている。騎士団長から他言無用の命令が出された。
◇
寮に戻ってテレサに、料理長が私に知り合いの薬師さんを紹介してくれたので、今月いっぱいで厨房を退職することになったと話したら、「私もここにいても騎士様との出会いがないから辞める」と言い出した。
後のことは料理長に任せようと思う。私には何も出来ないし。翌日、私が調理場の皆さんに、薬師のところに行くことが決まったって話をしたら、私ではなく薬師を紹介した料理長が責められていた。料理長だってまさか騎士団長閣下の命令だとは言えなかったので、「すまん。こんなに早く決まるとは思わなかた」と料理人たちに頭を下げていた。
テレサも自分も辞めるというつもりだったが、この空気では言えないと思ったようで、「しばらく様子をみるわ」とぽつりと言っていた。
良かった。二人いっぺんに雑用係、私は雑用係兼料理長補佐になっていたけれど、辞められたら、厨房は回らないと思う。
◇
私はフェルドン研究所に移り、個室を貰った。その個室には転移陣を描くことが認められた。これで家でペニシリンが作れる。
ペニシリンを作る際の工程を魔法でショートカット出来る。ペニシリン作りをフェルドン研究所でするのはリスクが高い。平民は魔法が使えない。使えるのは悪魔と契約した魔女ってことにこの世界ではなっているから。
それと何枚か薬を買いたいってメモ飛行機が私のところに届いているので、一度は戻らないといけなかった。常連さんは大切にしないといけないもの。この生活がいつまで続くかわからないし……。
◇
フェルドン薬物研究所で、私は日頃は薬草を育てている。私の他に数人の女性たちと一緒に、彼女たちは魔女ではない、民間の薬草に詳しい薬師なんだけれど、村で魔女扱いされて街に出て来たところをフェルドン所長に助けられたという。
彼女たちは私と違って通いだ。私の場合転移陣の問題があるので、研究所内の個室でないとダメなんだけれど、彼女たちにしたら、所長にこき使われているように見えるようで、けっこう大切にされて居心地が良い。
「エルザ、雑用だ! 所長が呼んでいる」と研究所で一番若いと言っても私と一つしか変わらない。十五歳の男の子が私を呼びにやって来た。名前はコーヘン。彼も平民だ。でも自分の方が先に研究所に入ったので先輩風を吹かしている。
「はい、すぐ行きます」
◇
所長室に入ると、マスケット銃に似た銃と明らかにライフル銃が所長のデスクの上に置かれていた。
「エルザ、こっちがエルトリア王国軍が装備している銃で、こっちは昨日、ジルベスタ、ドンゴンバルトで後方撹乱をしている騎士が、送ってくれた銃だ。どう思うね」
「エルトリア王国軍の銃では、おそらく、ドンゴンバルトの射撃隊まで弾が届きません」
「その通り。今朝早く試射をしたらドンゴンバルトの弾丸は狙ったところに当たる。しかもエルトリアの銃よりも遠い的に当たる。威力も倍以上だ。鎧を簡単に撃ち抜ける」
ドンゴンバルトの歩兵はこの銃を全員装備しているそうだ」
「なのにやはり、エルトリアはドンゴンバルトに戦争を仕掛けるそうだ」
「やめた方が良いです。皆殺しにされてしまいます」
「私も騎士団長も同意見だった」
「では遠征は中止ですね」私は嬉しくなった。平和な日本で暮らしていた私に戦場は無理だ。
「予定通り、決行する。上の方々が言うには騎士道精神があれば負けることはないそうだ……」
「そうですか。私も、弾丸を取り出す練習をしておかないといけませんね。化膿止めも大量に必要になりそうですね……」
「エルザ、よろしく頼む」
「承知しました」私は暗澹たる気分で所長室を出た。武器が違い過ぎる。精神力でどうなるものではないはずなのに……。