030 森の魔女、ドンゴンバルトの魔女たちをフェルドン先生に託す
私の命を氷河龍に命を捧げないといけない。早くジュリアや農民兵の奴隷紋を解除しないと道連れにしてしまう。
「皆さん、奴隷紋の解除の仕方を知っている人を知りませんか?」
「噂ですけど、西の魔女と言われる大魔女様がおられると聞きました。その魔女様なら知っておられるかもですが、強欲で有名な魔女様ですので、どうなるかはわかりません。本当のことを教えるかどうかしれたものではございません」
「私は西の大魔女様にお仕えしましたが、本当に大変な方でございました。幸い私には魔法の才がなかったので、追い出されました……。噂ですが、その時いた優秀な五人の姉弟子がいなくなったそうです。西の魔女は、その師匠にも何かしたと噂されています。師匠の魔導書をすべて自分の物にするために……」
「教えてくれてありがとうございます。皆さんはとりあえず、ここのお医者様にお願いして預かってもらいますから」
「コーヘン先輩、エルザです。帰って来ました。フェルドン先生にお取り次ぎください」
「エルザ、お前はあっちに行ったりこっちに行ったり、本当に落ち着きがない」とか言いながら笑顔でフェルドン先生を呼びに行ってくれた。本当に良い子だ。
「エルザ、なぜ研究所に入らないのかい?」
「これから西の魔女様のところに行くので、この人たちはドンゴンバルトの魔女さんたちとそのご家族です。研究所で面倒をみてください。お願いします」
「それは良いが、ジルベスタに会わなくて良いのか?」
「はい、西の魔女様の用事が済んでからです」と笑顔を作って私は空を飛んだ。もう私が魔女だと言うことはバレているから、少々目立っても良いものね。
◇
西の魔女は沼地に住んでいるらしい。空気が澱んでんいる。西の魔女の領域に入ったようだ。さて、話が出来る魔女かどうか? 私よりも魔力が強ければ、私は西の魔女の下僕になるだろう。
結界が張られた家を見つけた。私が下僕になることはなさそうだ。
結界を解除したら、家の中から妖艶な女性が後ろ手に杖を隠して出て来た。
「西の大魔女様ですか?」
「ああ、私が大魔女、沼地の大魔女と呼ぶ者もいる。さて、お前は誰で、何をしに来た」
「私は森の魔女、私も大魔女と呼ばれているので、どちらが大魔女なのか知りたくて参りました」と言った途端、西の魔女は杖を素早く、動かし呪縛の縄を私にかけた。
「うふふ」私はちょこちょこと杖を動かして、西の魔女の首に奴隷紋を描いた。
「西の大魔女様、私の呪縛を解いて頂けますか。少し動き辛いので」
「誰が……」と言いつつ私の呪縛を西の魔女は解いた。
「西の魔女様、お茶が喉が渇きました。飲み物をお願いします」
「誰がお前なんかに」と半泣きになりながら、紅茶を淹れていた。お砂糖の代わりに毒薬を入れたのはご愛嬌だ。
「西の大魔女様、お毒味をお願いします」
「いやだ、いやだ、飲みたくない」と言いながらお茶を飲み干して、床を転げ回っている。「助けて」と叫んでいたが放置して、家の中に入った。多くの魔術書が整然と並べられていた。ただ、長い間読まれた形跡がなかった。
「解呪の書」と背表紙に書かれた本を取り出し読み出す。本には解呪の仕方を探そうとした魔女がたくさん書き込みをしていた。
この魔女はまったく理解出来ていないみたい。的外れなことばかりの書き込をしている。ちゃんと読まないと。
筆跡の違うメモが頁の間にはさんであった。この人はこの本の内容を理解している。そのメモには簡単に「否定の否定は肯定を意味するのではなく、まったく異なるもに変わる。空白に何を入れるかが問題だ」と書いてあった。
どう言う意味だろう? 解呪をしようとして単純に否定の形にしても無意味で、さらに否定することで、呪いでもなく、単純に意図した呪いを解くことではない別の何かが生まれると言う意味だろうか? 否定を意味する言葉、アとアンを呪いの呪文の中に巧妙に隠されている空白部分が入っている。そこにアンまたはアを入れると呪いの内容が変わるみたい。
私は蛇で実験をしてみることにした。蛇に奴隷紋を描いて、アとアンを適時呪文に補ったら、蛇は私の命令に従う回数が減った。それを何度も繰り返すと、蛇にとって都合の良い命令には従うけれども、それ以外は従わなくなった。完全に呪縛を解くところまでは行かなかった。
アとアンを空白に入れる組合せは数万通りある。そのすべてを試さないと完全な解呪には至らない。私が死んだら、一緒に亡くなるって実験は出来ないし。困った。
◇
「大魔女様、どうかお願いです。私の呪いを解いて下さい。この哀れな魔女に御慈悲を……」
私は答えるかわりに西の魔女の杖を取り上げた。
「西の大魔女様、これは貴女様の杖ではないですよね。私はこの杖に魔力を与えます」
西の魔女は逃げようとしたが何かが足に絡みついたようで動けない。私は杖に魔力を与えた。この杖から強い意思を感じる。西の魔女に杖を向けた。
西の魔女はガマガエルに変わった。そしてガマガエルの前には五本の魔女の杖がそこに並べられていた。
私は西の魔女が持っていた杖に浄化の炎を灯した。そこに一本ずつ魔女の杖を近づけると、杖は炎に触れた瞬間、金色の砂に変わった。ただ一本を除いて。これが本当の西の魔女の杖なのだろう。私は真っ二つにへし折った。これで二度と西の魔女は魔女には戻れない。西の魔女の杖が折れると、浄化の炎を灯していた杖も金色の砂に変わった。
「素西の魔女よ、お前は生涯この書庫を守れ」と私は命じた。
ガマガエルがピクリとも動かなかった。しばらくすると諦めたのか頭を垂れた。




