003 森の魔女、料理人になる
私は食材運びをしている。調理は数人の料理人が行っている。私は重力系の魔法が使える。男性でも一人で運ぶのが大変な量の食材を軽がると運べるため、ついたニックネームが怪力娘だった。残念過ぎる二つ名を貰って今日も頑張って荷物を運ぶ私だった。
厨房から騎士団の駐屯地に入れるのは料理長一人だけだった。調理された料理は騎士の従卒が運ぶので、私は騎士団に近寄れない。私の同僚のテレサもまさかまったく騎士に近寄れないとは思っていなくて落ち込んでいる。
「エルザ、こんなことだったら酒場で働いた方がまだ騎士様とご縁が結べたよね」そう、テレサがこの仕事についた理由は、私と同じで騎士様に接近してあわよくば愛人にしてもらうことだった。
騎士様は貴族なので、平民は妻にはなれない。魔女は絶対になれない。私の場合愛人も無理だったりする。そう考えるとテレサ以上に落ち込むのだった。
テレサも私と同様に住み込みで寮に入っている。そのため毎日のように愚痴を聞かされている。私もまさかここまで完全に隔離されているとは思ってはいなかったので、もう家に帰ろうかと思案中だったりする。
騎士団の厨房にいて良いことは騎士団の一部が駐屯地にいないことがわかることぐらいだから。騎士団全員が戻って来たら、騎士様が体力回復薬と魔力回復薬を取りに来られるのですぐに戻らないといけない。まあ、寮の庭に転移陣を描けばそれで直ぐに家には戻れるのだけど。
問題はその転移陣が誰かに見つかると、私が魔女だということがバレること。つまり、帰れるけれど、戻っては来られないということで転移陣を使うのは最後の手段になる。
◇
ある日、料理人のハンスが厨房で滑って転んで腕の骨を折ってしまった。今日に限って料理人がギリギリの人数しかいない。
「怪力娘、お前野菜を刻め」と仕方なく料理長が私に野菜を刻むように言った。雑用係に調理をやらせたくないのがよくわかる言い方だった。
「はい」と私は言って野菜を刻んだ。
「早い、綺麗だ!」と他の料理人が褒めてくれた。まあ、薬草を毎日刻んでいたのだから当然何だけど。
「怪力娘、お前、前は何の仕事をしていた?」と料理長の困惑した声が聞こえた。
「はい、薬師でした」
「何で薬師がこんな料理人補助をやっているんだ」
「村から出てきて、応募したのがここでしたから」
「俺の知り合いに薬師をやっている奴がいるが紹介してやろうか?」
「料理長、やめてくださいよ。この娘とっても役に立っているんですから。いなくなって困るのはウチですよ!」
「お前ら、こんな腕の良い薬師を雑用係ってもったいないと思わないのか?」
「せめてハンスが戻って来るまで、料理長お願いします。ここでエルザに辞められたらウチが回りません」
「すまん。もう少しここにいてくれ。怪力娘」
そう何度も怪力娘って言うのはやめてほしい。
「はい、承知しました」ここにいても騎士様に会えそうにないし、薬屋の方がまだ会えるかもだ。
◇
ここのところ、雑用と野菜刻みと味付けとかやらされて、私めちゃくちゃこき使われている。今の立ち位置は明らかに料理長の補佐を任されている。料理長がいないと私が指示しているし、絶対変だ。
料理長が「ちょっと来い」と言うのでついて行く。ここって騎士団長の部屋では、私、何をやらかしたのだろうか? 私は土下座の準備してをした。この世界で土下座に意味があるかどうかわからないけれど、私の最大限のお詫びの態度だ。
「座りたまえ」と騎士団長が座るように料理長に言った。私はいつでも土下座が出来るように準備をした。
「君、座りなさい」と私は騎士団長に言われて「えっ」と間抜けな声を出した。
「料理長、ご苦労だった。下がって良い」
「はっ、騎士団長閣下」料理長、お願い私を一人にしないで、怖いです。
料理長はそんな私の様子を気の毒そうに見ながら、騎士団長室を出て行った。
「君に任務を与えるためにここに来て貰った。君の名前は何と言うのか? 料理長は怪力娘としか言わないのだ……」
「私の名前はエルザです。平民ですので家名はございません」
「エルザ、君には遠征に同行してもらう」
「へっ」私は再び間抜けな声を出した。いやいや、雑用係を遠征って意味がわからない。
「とは言え、この試験に合格してからだがね。こちらの部屋に来てほしい」
私は騎士団長の後について別室に入った。薬草が何種類か置かれていた。
「これらの薬草を使って傷薬を作ってほしい」
「はい、承知しました」これだけ薬草があれば傷薬だけではなく、風邪薬も作れるし、この薬草なら鎮痛効果が期待出来る。ということで傷薬と風邪薬と鎮痛剤を作ってみた。
「先生、いかがですか?」と騎士団長が、いつからいたのだろうか? メガネを掛けた白い髭のおじいさんに声を掛けた。
「ふむ、合格だ。しかしながら鎮痛剤まで作るとは私も思わなかったね」
私は試験に合格して戦地へ行く。そこで私は地獄を見ることになるのだった。