002 森の魔女、騎士の話を聴く
「コーヒーというのか、けっこう苦いが美味いなあ。癖になりそうだ」とふっと笑顔になった。
なかなかの美形だな。お姉さん的にはありなタイプだ。記憶が戻ってからの私はアラサー感覚だから。
「お疲れの様ですね」
「ああ、体力回復薬を一日二本飲みそうになるくらい疲れている」
「一日一本ですよ」
「わかっている。まだ死にたくはないよ」また笑顔だ。
いかん、お姉さん的にはド・ストライクだ。
「お薬はまだ必要ですか?」
「必要なのだが、取りに来れない……、遠征に出るから」
「街で噂になっていた、あれですか? 妃がもう八人もいるのにエルトリアの王女様を妃にくれって言ってきたイカれた王様がいるらしいですね」
「イカれてはいるが、軍隊は強い」
「エルトリア王国軍よりもですか?」
「ドンゴンバルト王国の戦争のやり方は今までの戦争のやり方を変えた。私はこの目で見て軍上層部に上申した」
「エルトリア王国軍は罠とか仕掛けないでしょうね。正々堂々敵に突進して打ち破るんですよね」
「ああ、我々は騎士道精神に従って戦う」
「それをすると負けちゃいますよね。相手は騎士道精神クソくらえですから」
「よく知っているな。このことは機密扱いだぞ」
「私は旅の商人としてドンゴンバルトに薬を売りに行ったら、小さな街を兵隊が襲ってました。やってることは強盗と同じでしたね」
「確かに、あれは物盗りのやり方だ。それを訓練で鍛えあげている」
「余計なお世話なお話だと思いますけど、ドンゴンバルトと同じ戦い方をする兵隊を集めて色々やっておいた方が良いのでは」
「色々とは具体的には?」
「ドンゴンバルトの王都で暴れさすとか、ドンゴンバルトの大きな街を襲わすとかですかね」
「盗賊を集めての後方の撹乱か面白い」
「魔女殿は軍略が好きなのか?」
「いえいえ、とんでもないです。歴史が好きなだけですよ。専門はお薬です」
「そうか。生きて帰って来れればまた体力回復薬と魔力回復薬を貰いに来る。これは前金だ」
「不吉なことは言わないでくださいな。お薬は用意しておきますけど、お薬に頼らずにちゃんとした食事と十分な睡眠を取れば、体力も魔力も回復しますから」
「わかっている。それが本当に難しいのだ……」
そう言うと騎士様は家を出て行った。
私は恋に落ちた。一応、この世界では私は間もなく十六歳だし、騎士様と年齢的には変わらないのだけど。問題は私が魔女だってことだ。魔女は気に入った男をカエルにして下僕にするという迷信がこの世界では流布されている。
お陰で魔女は結婚出来ない。教会が魔女の結婚を認めないことが、魔女が結婚出来ない最大の理由だけれどね。
あの騎士様の彼女になりたいなあ。あの笑顔を間近で見ていたい。アラサーの私は次、騎士様が来た時に備えて媚薬をって思ったが、媚薬の効果って二日しか持たない。子作りだけならありだけど。それって彼女じゃないし。
日本で生活していた時よりも、今の私ははるかに可愛い。髪の色はブラウン、瞳もブラウンだけど。金髪、碧眼が多いこの世界では地味なんだよね。それにこの家にいたのでは、騎士様が来るのを待つしか出来ないし。積極的にアタックするためには、騎士様の住む? はて騎士様はどこに住んでいるのだろうか?
私は騎士団がいる街を探した。アルルの街に騎士団がいる。アルルの街とこの家との距離は馬で往復半日程度。来れない距離ではない。
私はアルルの街に行ってみようと決心をした。
家の扉に「ちょっと旅に出ます。御用の方はこのメモ帳に御用の内容を書いて紙飛行機にして飛ばしてください」と書いた貼り紙を貼って、扉にメモ帳を扉にぶら下げた。
◇
アルルの街に来たもののさて、どうやって騎士団に潜り込めば良いのやらだ。私の職業は魔女。これでは普通に街で暮らすのも無理だ。旅商人の鑑札を持っているけれど、御用商人ではないので、当たり前だけど騎士団に接近出来ない。
騎士団を見学して家に帰るしかないかもだ。就活も基本的にはツテを頼って入社するのが確実だと知ったのは就活も後半だった。エントリーシートを出して、添付でツテの紹介状を送信すると一次面接が免除された。私の場合二次面接で落ちたけれど。
騎士団の駐屯地を見学して帰るとしますか。はて、これは「騎士団食堂の従業員募集中」とのチラシが落ちていた。ダメ元で行ってみるかあ。
私は落ちていたチラシを拾うと、そこに書いてあった応募先の場所に行ってみた。
「すみません。騎士団食堂従業員募集のチラシを見て来たのですが」
「あんた、若いね。幾つ?」
「もうすぐ十六歳です」
「はい、採用。制服に着替えて調理場に行って」
「はい、ありがとうございます」良いのかこんなに簡単に採用して。身元調査とか保証人とかいらないのだろうか?