010 森の魔女、久しぶりの平穏な日々
王宮内はドンゴンバルトに内通していた人たちの一斉摘発で百数十名の人が逮捕された。女王陛下の侍従、侍女。前国王陛下の侍従、侍女も逮捕されている。一番深刻だったのが騎士団で十数名の騎士がドンゴンバルトの密偵に拠点が見つかったので逃げるようにと指示していたこと。復讐派に属する騎士も多く、復讐派は各自疑心暗鬼になっている。
王宮中枢部の摘発、騎士団内の摘発でドンゴンバルトへの情報漏洩は減ったお陰で、幾つかの拠点を潰すことに成功して、フェルドン薬物研究所は再開した。
通いの職員も自宅に戻ってこれてホッとしていた。
騎士団から注文書が届いた。来週の金曜日に来いと言って来た。前回のしくじりに懲りて、本当に喋らないようにしないとジルベスタ様の計画をぶち壊すかもしれない。
◇
魔法軍控え室に入ったらワルド副団長から仮面を渡された。
「何ですかこの仮面は?」
「一つには喋らせないため、もう一つの理由は女王陛下が見学に来る。黒の軍師に会いにだ」
ワルド副団長の表情に苦悶の表情が浮かんでいる。「国王陛下にあれだけ軍会議にはアンリエッタ様は来ないようにと念を押していたのだが……」
「ワルド副団長、私は話さなくても良いんですよね」
「私と騎士団長がガードする。アンリエッタ様の対応はジルベスタに任せた。君はただ置き物になっているだけで良い」
私は置き物、私は置き物と繰り返し自分に言い聞かせた。
ワルド副団長と一緒に会議室に入ると前来た時よりも広く感じた。というか出席者が少ない。前回が三十数人はいたと思ったけれど、今は十数人。
私は定位置に座った。今日は両隣が騎士団長とワルド副団長に挟まれている。上座は空席で、ジルベスタ様が立ったままだ。
先ぶれが女王陛下の来訪を告げると私も含めて全員が起立した。アンリエッタ女王陛下が優雅に会議室に入って来られた。ジルベスタ様がエスコートをして、王族専用の椅子へと案内をした。アンリエッタ女王陛下が着座すると、全員が座る。アンリエッタ女王陛下の隣はジルベスタ様だった。
「ドンゴンバルトについては、後方の撹乱は継続し、国境を固める。塹壕を掘って敵の砲撃に対処する。武器については速やかに新しい銃を装備する。また携帯用大砲を魔法軍に支給する。魔法軍に行き渡れば随時各部隊へも支給する。これでよろしいですかな軍師殿」
私は頷く。ワルド副団長から確認を求められたら頷くように言われていた。
「黒の軍師様、携帯用大砲ってなんですの? 私、そんな武器聞いておりませんけど」
私はワルド副団長の方を見た。
「女王陛下、まだ試作段階で、魔法が使える者でないと使えない武器でして、正式に採用されてから、陛下に御報告する予定でした」
「ワルドが答えるのね!」
「軍師殿は瑣末な質問には答えませんから」
「ごめんなさいね。瑣末な質問をして」アンリエッタ様は不機嫌さを隠さない。ワルド副団長は苦い顔になってジルベスタを見つめている。
「女王陛下、前国王陛下から、見学だけということで許可を得ております。どうかその辺で……」
「ジルベスタ、塹壕って何なの?」今度はジルベスタ様が困惑している。
「ドンゴンバルトが我が国に侵攻すると思われるルートに穴を掘って身を隠します。ドンゴンバルトの砲弾が炸裂すると鉄板が飛ぶので、穴に入って身を守ります」
「飛竜から爆弾を落として全滅とかするって言ってなかったかしら?」
「ドンゴンバルトは高射砲という新兵器で飛竜を撃ち落とすことが出来るようになったとの情報を得ました」
「作戦ってすぐに変わるのね!」
「女王陛下、本日は見学だけでございます。侍従長も困っておられます」
「ジイはあれが普通なの」
「で、黒の軍師様はこの戦いどうなるとお考えですか? ワルド、騎士団長は黙っていてね」
ワルド副団長はまた天を仰いだ。騎士団長は下を向いて笑いを堪えている。私は喋れないので仮面をテーブルの上に置いて、変声の薬を飲んだ。
「持久戦になる」と一言だけ言うと仮面をまたつけた。
「軍師様は顔を見せないんだ。そうか。騎士団長、ワルド、ありがとう。ジルベスタ、エスコートをして王宮に戻ります」
騎士団長、私、ワルド副団長の順で魔法軍控え室に戻った。疲れた。
「騎士団長閣下!」
「何かね、ワルド」
「もう二度と、二度とです! アンリエッタの同席は拒否してください」
「ワルド、様が抜けている」
「時間がないのです。今回の摘発で軍内部に密偵がかなり入り込んでいるのが判明しました。時間がない、人手もない、そこにアンリエッタのお守りはごめんです」
「ワルド、わかった。国王陛下には違約だと強く言っておく」
「軍師殿、ご苦労だった。速やかに戻られるように」
言われなくても速やかに戻りますよ。
私は転移陣のある部屋に入り、研究所の私の部屋に戻った。
◇
「エルザ、アンリエッタ女王陛下が来られるそうだ。戻って来て早々だがコーヒーの用意をお願いする」
「フェルドン先生、アンリエッタ女王陛下は今度は何をしに研究所に来られるのでしょうか?」
「王宮に戻る前にコーヒーを飲むためだそうだ」
権力があれば何でも出来るよね。人の迷惑を考えずにすむし……。私はコーヒーの準備を始めた。




