ルパソ5世 〜氷の鏡を盗め〜
氷の王国の宮殿は兵士たちが行き交い騒めいていた。
玉座の美しい王妃が兵士長に問う。
「警備はどうですか……?」
「はい。兵総出で固めております。いかにルパソと言えど侵入不可能でしょう」
「ならば良いのですが……」
国宝である氷の鏡を盗むというルパソの予告状が届いたのは今朝方。
王妃は微塵も反応をしない娘を撫でる。
そして外套を羽織った大男を振り返った。
「花形警部。貴方は何度もルパソに敗北しているとか。大丈夫ですか?」
むっとしながら花形は応えた。
「この私を見くびらないでもらいたいものですな。今夜こそ奴を仕留めて見せます」
そして手元の時計を見つめる。
そろそろ予告時間だ。
「氷の鏡とやらの実物を一目見ておきたいですな。警備システムも私だけが見るのなら問題ないでしょう」
王妃は暫し考えると頷いた。
「分かりました。ではこちらへ」
王妃と姫、花形と兵士長が氷のような廊下を行き宝物庫に辿り着く。
宝物庫の扉は王妃の虹彩と指紋にのみ反応し重々しい音を立てて開いた。
花形は奥に立てかけられた淡い反射光が怪しく蠢く美しい鏡を見遣る。
「鏡には強力な呪術が施されてると聞きましたが本当ですか」
王妃は愁眉を寄せ形の良い唇を開く。
「……姫は大人しいでしょう。この鏡は中に人格を封印することで理想の人格を創りあげるのです」
「酷い話ですな」
「……歴代の王の業なのです。資源の乏しい我が国は理想の賢君を創ることで保ってきた。貴方にとやかく言われたくありません」
警部は頷き王妃の顔を見つめる。
「なるほど。一警官であれば仰る通りです。
ならば……」
懐から何かを取り出し霧を王妃に吹きかけるとその場に彼女が眠り込む。
男は高笑いと共にベリベリ、とマスクを剥がすようにその正体を露にした。
兵士長は叫び銃口を男に向ける。
「お前は怪盗ルパソ5世‼︎」
赤いスーツと不敵な笑み。
ルパソは雪崩れ込んでくる警官と兵士たちを嘲笑いながら姫を抱き寄せた。
「よお〜。ご苦労さん。さあ、姫」
「汚い手で姫に触るな!」
「お前らに言われたくねえなあ」
ルパソが鏡の中に手を突っ込み取り出した何かを姫の頭へやると淡い光と共に姫に表情が戻った。
戸惑いながら姫は辺りを見回す。
怪盗は満足そうに鏡を脇に抱えると高笑いと共に飛び上がる。
「あばよ。お宝は頂いてくぜ」
「逃すな撃て!」
銃弾を悉く躱しながらルパソの高笑いが夜空に木霊した。
その国に久々の春が訪れたのはそれから数日後のことだった。