居場所
父上は何か酷いことをやったり、言ったりするような人ではなかったが、母上の尻に敷かれるタイプで俺には関わらないようにしている風だった。
なんだかとても気が重い。
そんな人たちが紹介する人なんて…
彼らもきっと俺を軽蔑するだろう。
心も体もボロボロだった。
部屋をノックして入る。
中には父上と同じくらいの年齢の男性がソファーに腰を下ろしていて、直ぐに彼と目があった。
「スティファート様。はじめまして。アルブスと申します」
それから、馬車に乗ってスティファート家へと向かった。道中、特に話すこともなく、暫く沈黙の時間が訪れた。これからどんな生活が待っているのかと考えると、とても不安だった。
向かう先はある程度、深い森の中のようだった。
「君にも一応説明しておこう。私たちが向かっているのはスティファート家の所有する別邸だ。我々スティファート家の本家の人間が避暑地に利用している所だ」
彼が最初に口を開いた。
「普段は信用のおける者に管理を任せている。君にはそこで過ごしてもらおうと考えている」
「…分かりました」
普段は主人がいない、ということだろう。まぁ、もうすぐ夏になる。スティファート家の人に会うのも時間の問題だ。なるべく関わらないようにしようと思った。
そうこう話しているうちに到着した。白い壁に緑の屋根。実家、と呼べるのか分からないが、ロドン伯爵の家よりも少し広く感じた。
中から黒いスーツを着た男性が出てきた。
「ジョシュ。久しぶりだ」
「スティファート伯爵様、お久しぶりです」
「彼が例の奉公人だ」
「白いなんて珍しい…」
アルブスの顔が少し曇る。そんなに、変なのだろうか。ここでも軽蔑されるのか。期待した自分がバカだった。どこにも僕の居場所なんてあるわけないのに。
俺は誰にも心を開かないと誓った。
「ロドン家の次男、アルブス・ロドンと申します。これからお世話になります。」
スティファート伯爵は、アルブスを送り届けると今年の夏もよろしく頼むと一言添えて家に帰っていった。
やはり、屋敷にはロドン伯爵家の人間である俺の事をよく思わない人が多かった。ヴァイスのように手を出してくる人は居なかったから、ロドン家にいるときよりは気持ちが楽だったが。
「アルブス」
「はい」
「そろそろ庭の手入れが必要だからよ、庭師に教わりながら綺麗にしてこい。」
…庭園。正直あまり見たくない。庭と言えば赤い薔薇が定番だ。嫌な記憶が脳裏に浮かぶ。
「返事をしろ!」
「は、はい!」
渋々庭に向かった。
庭は広かったし、その広い庭を占領している立派な赤い薔薇が俺を嘲笑っているようにも見えた。
ふと庭の角に目を向けた。
そこにある白いものが目に止まった。
白い薔薇だ。
「おや、君かね。手伝いに来てくれる人ってのは」
急に後ろから声がかかった。
「はい」
「白い薔薇がそんなに珍しいかい。ここの家のお嬢さんが白い薔薇が好きでね。赤い薔薇信仰のお客様も時々いらっしゃるからたくさん植えるわけにはいかないんだけど。白い薔薇を植えてくれってよく駄々をこねてたなぁ」
そう言って庭師の老人は懐かしそうに目を細めた。
ある日、庭で出会ったユリアナの顔が脳裏に浮かんだ。
…まさかな。
「でも、こうして見ると白い薔薇も素敵だろ?」
老人は笑顔でそう言った。
「……はい。」
初夏の日差しが庭に降り注ぎ、白い薔薇は一層美しく見えた。