捨 て る ? ― ジュリアの困惑 ―
「ジュリア、話がある」
わたくしはジュリア・アンダーソン。
侯爵家の一人娘で第3王子であるデュラン・フォルトライム様の婚約者であります。
が、突然大勢の学生がいる学園の大通りで、不快そうな表情をしたデュラン様に呼び止められました。
「ジュリア、君は王妃となるには不適格としか言いようがない。これでよくも侯爵令嬢と名乗れたものだ」
不適格? 何のことでしょう?
ただ今理解不能な発言をされたデュラン様は『ぼくかっこいいこといった!』という雰囲気を漂わせておりますが、寝言は寝て言えとしか言いようがないんですよね。
デュラン様は他の女性たちとよくお遊びになられております。
ええ、街中でのデートや物陰に隠れての接吻だけでなく、連れ込み宿でお楽しみになられていると貴族・平民問わず有名です。
まだ運良く孕ませてはいないようですが、時間の問題というのが周囲の予想です。
正直デュラン様の方が王家の者として不適格であり、どのような性病をお持ちか分かったものではないので、こちらから婚約を撤回したくて仕方がありませんが、立場上こちらから破棄を求めることはよほどの事がない限り難しく……。
父母から陛下や王妃様へこの事態を伝えてはおります。
ですが、陛下がいい年して駄々をこね……改め学生の頃の火遊びに目くじら立てるなと聞く耳もたず、王妃様からの謝罪を受けております。
そんなこと言っている間に王家の子種がそこかしこにばらまかれているのは、国として王家として問題ないのでしょうか? 後で継承問題になるのでは?
「君は生徒会に一切出席せず、学内で王家に反抗する集会を開き、学業は教師を賄賂を渡して成績1位を捏造、これで不適格と言わずなんと言うのだ!」
は ぁ っ ? ……何を言っているか分からないですね。
「デュラン様、アンダーソン家への侮辱と理解しましたが、本気でございますか? 王家の者がこのような大勢の前で出鱈目な発言した、これはデュラン様の未来が閉ざされるレベルの発言でございますよ?」
「出鱈目とはなんだ! 先の発言のどこがおかしいと言うのだ!」
いや、全部ですけど……もう面倒だから全否定して差し上げますわ。
「まずわたくしは生徒会に入っておりませんわ。なので、出席しないことはなんらおかしなことではございません。むしろ当然ですわ」
なぜか驚いてらっしゃいますが、わたくしが生徒会に参加していないことは直ぐにわかるでしょうに。というか、あなた生徒会に参加されているのですから、わたくしが参加していないこと把握できない方がおかしいんですが。
「次に、学内で王家に反抗する集会と言われますが、現在の国家の問題点を学生視点で話し合い、国へ報告しておりますの。これは、陛下や王妃様からの依頼で行っておりまして、学園側も協力していただいておりますわ」
「嘘……」
だからなぜ、そこで驚くのでしょう?
「ちなみに、宮廷での力関係等に毒されていない者たちの意見を聞きたいということでしたわ」
微妙に頭の固い陛下の役に立つのかは知りませんが…まあ、王妃様の方で使うのでしょう。というか、知らなかったんですか? デュラン様も陛下や王妃様から依頼を受けた時にその場にいたでしょうに……。
「最後に学業についてですが、教師に賄賂を渡すなんてしません。実力で1位になっているだけですわ」
「それはおかしい! そんなに成績優秀なら生徒会に入っているだろう?」
え? なぜ? 何言っちゃってるの?
デュラン様の言い分が理解できませんが……。
「生徒会は実力がなければ入れない。入っていない以上、成績1位はあり得ない!」
……何となくですが、デュラン様が勘違いしている気がします。
「生徒会に入る権利を得るためには、それなりの成績が必要なのは事実です」
「ほらみろ!」
「ですが、生徒側は生徒会への参加を拒否することが認められておりますわ」
「……は?」
本当に理解してないのかしら。
「生徒会に入る為の必要条件は、『それなりの成績』と『やる気』でございます。なので、成績一位の人物が生徒会に興味なければ入らないという事態は当然あり得ますの。また逆に成績中位程度でも生徒会への参加は可能ですわ」
というか、デュラン様も生徒会の人間なのですから、知らないってありえないでしょうに。
「第一、デュラン様の成績は中位あたりでは? それでも生徒会に参加できるのですから、あなたの発言がおかしいのはすぐにお分かりになるのでは?」
周りで見物している生徒たちも私の発言が正しいと頷いてますわよ。
「それに、教師を取り込んだなどとは、学園に対して侮辱したと取られても仕方がない発言ですわよ? 学園教師は国が選び王が任命したもの。つまり、国や王への侮辱ともとられますわね」
なぜ、この程度の考えを持てないのでしょう。一応次の王の可能性がある方なのですがねぇ。
「さて、デュラン様」
(びくっ)
「先ほどのわたくしに対して、次にアンダーソン家に対して、そして陛下や学園に対しての侮辱。どのようにして責任を取られるおつもりで?」
正直、終わってるとは思いますが、全力で各所へ謝罪と臣籍降下の宣言程度で命と貴族として生きることは保証されると思います。ちゃんと『ごめんなさい、ぼくがわるかったでしゅ』ってできますかねぇ。
「……っ」
「どうなさいました?」
「知るか! お前のたわごとなんて誰が聞くか! お前みたいな婚約者は不要だ! 婚約破棄だ! 私の視界から消え去れ!」
ほぉ、そんなたわけたこと言い出しますか?
わたくしは目は睨み口元だけ微笑みつつ、ゆっくり一歩ずつデュラン様に近づきます。
ざっ。
「あなたは、ご自分で陛下や王妃様にさんざん駄々こねまくって、わたくしを無理矢理婚約者に仕立て上げましたよね?」
……ねぇ、殿下。顔色が青くなってますけど、どうなさったのかしらぁ?
ざっ。
「加えて、一切婚約者への対応を放棄してらっしゃいますわよね? そこかしこで子種蒔いてらっしゃる女性たちと違って」
……ねぇ、殿下。顔色が青から白になってますけど、どうなさったのかしらぁ?
ざっ。
「そして、婚約者として毎日王宮で王妃教育を休む暇なく教育され、最近は本来王家が対処しなくてはいけない国家運営の書類を処理させられておりますわね。わたくし婚約者になってから五年、一切休みがないのですけれど?」
……ねぇ、殿下。なぜ腰を抜かしているのかしらぁ?
ざっ。
「そんな、迷惑以外かけられたことの無いわたくしを……」
……ねぇ、殿下。なぜアワアワいいながら下がろうとするのかしらぁ?
だん!
「 捨 て る ? 」
……ねぇ、殿下。なぜ股間の辺りが濡れているのかしらぁ?
「ええ、こんな侮辱されるのなら婚約破棄受け入れてあげますわ。王家の瑕疵によるものですので、慰謝料たっぷりいただきますけどね!」
「ふ、ふざけるな!」
「え? なぜでしょう? ご自分で希望した通りになっているのでしょう?」
「お前を捨てる気なのは確かだが、慰謝料なんて払う気は無い!」
うわぁ……クズすぎですわ。
「その言葉を陛下や王妃様が聞いてくださるか試してみてはいかが?」
「くっ、見てろよ。」
このあと『朝まで生……』とはなりませんでした。一言で申し上げれば『瞬殺』ですわね。
簡略化するとこんな感じでしょうか?
デュラン「パパ助けて!」
陛下「バカこくでねぇ!」
……ええ、大体合っているかと。
王家側の瑕疵も当然認められ、また婚約破棄とデュラン様はおっしゃられましたが、王家側有責で婚約を白紙にすることになりました。
流石に陛下も見物するものが多々いる状態で婚約破棄を明言してしまった以上、いつもの駄々こねでは済まされないと理解されたのでしょう。
また、王妃様が王家側に問題あること強硬に陛下に伝えたことが白紙理由ではないかと思います。
噂では、陛下のハゲ……少々寂しくなった頭をわしづかみにして『理解できるよな? 理解できないほど中身が無くなったか?』と恫か……調きょ……かわいが……心を尽くしての説得が功を奏したと聞いております。
……勝者の発言が全てです。いくら怪しいところがあってもツッコんではいけません。
わたくしもやっとフリーになりほっとしております。まあ、父は慰謝料ガッポリでウッハウハでしたが。
なお、王妃教育もほぼ終わっておりますので、王家もわたくしの取り扱いに困ってらっしゃるようです。王弟殿下のご子息と大公殿下のお孫さんが有力候補ではありますが、正直面倒なので両親に任せてます。どっちも似たようなものですし、ディラン様程ろくでなしじゃないでしょうから。
ちなみに、デュラン様は王家に不適格とされ学園を退学、臣籍降下を命じられ男爵として辺境に飛ばされました。
周囲に女性を置かぬよう、全て男性部下にしたと聞いております。
まあ王家としても性犯罪者をのさばらせるわけにはいかなかったのでしょう。
それから半年程経過してデュラン様から手紙が届きました。手紙を送られることを一切想定しておりませんでしたので、かなり驚いてしまいました。
……正直、嫌な予感しかしませんが、とりあえずざっと読んでみましょうか。
『男爵位を賜り、辺境に移動してからあの頃の私の行動を見直すようになった』
ほぅ。それが本当なら素晴らしいのですが……無理じゃないでしょうか?まあ、続きを……。
『当時の私は、毎日服を着替えるが如く女性を手に入れ抱いていた。あの頃を思い出すと恥ずかしくて赤面してしまう。陛下に叱責されて当然だ』
あぁ、覚えてはいたのですね。ヤリ捨てて忘れているものとばかり……。
『そう、なぜ私は女性にしか手を出さなかったのだ! 世の中には男性もいるというのに!』
ふぇ?
『男爵領についてきてくれた者たちと個別に愛し合い……』
ちょ! ちょっと待って、流石に待って! これダメなやつ! これ以上は別の場所で!
『指導を受け、愛されることも覚え……』
え、そっちも? って、何書いてんのよ! 一応、こっちは元婚約者なんですけど! わたくしそっち方面の趣味ないんだから振ってこないで!
『今では男女分け隔てなく愛し合い皆で幸せに過ごしている。今の私を見たら陛下も認めてくれるだろうか?』
いや、認めるとかありえない……って、まさか陛下、叱責ってそういうこと?
あれ? 『皆で』? ちょっと、まさか複数で?
……これ以上見続ける気持ちにはなれず、手紙を伏せた。
「陛下に伝えるべき? でもその場合、王家の方々の性癖まで知る可能性があるわよね。あぁ……」
ジュリアは王妃教育でも出てこなかった危険な情報をどのように扱うべきか苦悩するのだった。
デュラン「今度こそ真実の愛を見つけた!」
陛下「そげなごど教えでねぇ!」
ちなみに、『朝まで生……』は、とある有名な深夜討論番組。うちの地域では見れませんが……。