第四話 調査終了
事務所に戻ると、ちょうどのタイミングでデスクの電話が鳴った。
番号を確かめると、友人の立川からだった。
「はい、こちらは津田探偵事務所です」
「私よ、立川」
「これはどうも」
「例の、絵画の件だけど……今、時間は大丈夫?」
「大丈夫だ。それで、どうだったんだ?」
「連絡はなんとか、取れたんだけど……やっぱりダメね。力添えはできそうにない、と言われたわ」
「そうか……まあ、わざわざ返事を貰えただけ良しとしよう」
収穫無しということだった。だが、彼女はまだなにか言いたげな感じだった。
「他には、なにか?」
「ええ。これは余談なんだけど……その、又聞きの話で、ドモホフスキの個人的体験なんだけど」
「どんな話なんだ?」
「彼に連絡を取る前の晩のことらしいんだけど、彼は、夢の中に見知らぬ女性が現れて、“見つからない絵を探すのは止めて、そっとしておいてほしい”というようなことを言われたって。最初は変な夢だと思ってすぐ忘れたらしいんだけど、こちらが連絡を取った時に、はっきりと思い出したそうよ。ね? 偶然にしては、少しおかしな話と思わない?」
「そうだな」
私は少し考えてから言った。「もしかして、画霊というやつか?」
「あら、よく調べてるのね。そうよ。世の中には不思議なこともあるみたい」
「そうだな……とにかく、ありがとう。いろいろと助かったよ」
「それなら今度、食事でも奢って頂戴ね」
「ああ、またの機会に」
「忘れないでよ」
「分かってるよ」
私はそれで電話を切った。彼女には、また貸しができてしまった。まあ、これは追い追い考えることにしよう。
それから、山田太郎氏に向けて連絡を出すことにした。
応接のソファーの山田太郎氏は、残念そうな表情を見せていた。だが、調査打ち切りについては、すんなりと承諾したのだった。
それから少し迷ったが、私は、例の倉庫での奇妙な体験のことも伝えようと思った。山田太郎氏は、笑いもせずに、真剣な表情で最後まで話を聞いていた。
「それは、おもしろい経験をされましたね」
「いえ、まったく。不可思議でおかしな話です」
「そうでしょうか? 時として奇妙な体験、経験というものはあるものです。この長い人生においては」
それから、渡した調査結果報告書のページをめくって見た。
「思い出しました」と言って、ページに印刷されている写真を指さした。「この単語、Do widzeniaです。ポーランド語で〈さようなら〉という意味だったはずです」
「ほう、そうでしたか。お詳しいですね」
どうりで、英語の辞書には載っていないはずだと思った。
「いえいえ、大したことではありません」
山田太郎氏は、受け取った報告書と画集をカバンに収め、立ち上がった。
「では、そろそろ私もDo widzeniaといたします」
そうして山田太郎氏が事務所を後にするのを見届け、私はデスクに戻った。
まとめた書類の中身を、今一度見返した。
調査が終わっても未解決だと、なんだか気分はすっきりしなかった。引き出しからゴム印を取りだし、書類の表紙に〈調査終了〉と〈未解決〉の判を押した。そのときに、奇妙な考えが頭のなかへ浮かんできた。
「まさか……」
五十八枚しかなかった絵画、オークションにかけれたという一枚の絵画……あの依頼の山田太郎氏はもして、仲間を探そうとして絵の中から出てきた、画霊かなにかの類だったりするのか?
私は思わず、事務所の窓から表の通りを眺めた。もちろん、数分前に出て行った山田太郎氏の姿は、もう見当たらなかった。
「まさかな。考えすぎだ。さすがにあり得ないよな」
私はため息をついて、首を振った。少し疲れているのかもしれない。
それから調査報告書の束をファイルに綴じて、奥の書庫に向かった。そろそろ溜まってきた書類を整理しないと、と思いながら棚の空きスペースを探した。
「やれやれ。それにしても今回は、不可解事件簿とでもいうような一件だったな」
すると事務所の方から、女性の声が聞こえた。どうやら別の依頼人がやって来たようだ。
「はい、どうぞ。おかけになってお待ちください」
それから棚の上の方に空きを見つけ、フォルダーを押し込んだ。服についた埃を払い、応接へ向かった。
とりあえず当面は、この探偵の仕事が続けられそうなのは、間違いなさそうに思えた。