服を溶かすスライムの魔法学における反例
古代の博物学者たちは、服を溶かすスライムを二種類に分類した。鎧を溶かすことができるものと、できないものである。これは分類として不十分であることが判明している。ここで取る現代での分類は、「材質」「形状」「機能」について、それに反応するかしないかの組合せがあるとするものである。生物を溶かせるかどうかを加えることもできる。
材質に反応する典型的なものは、特定の舎密構造を破壊する。腐食性の物質を備えているようである。
形状に反応する典型的なものは、面に接触すると曲がる方向に沿って体を伸ばし、輪状になると体を縮める。縮める時服を溶かし、その溶解は服全体に及ぶ。体を縮めることができない場合、溶かすことはない。こうして、筒状で内側に余裕を持っているものを溶かすことができる。
機能に反応する典型的なものは、服が備えた文明素(魔素の一種である)を吸収する。これにより服は機能を喪失し、表面上は「溶けた」「食われた」ものとして観測される。反応する対象としては、衣服の諸機能のうち「隠蔽」「熱調節」「魔法行使」でほぼ全てである。
以下、表に従って六種類の例を上げる。例えば⑤は材質と機能で反応できず、形状で反応できるモノである。
機能+ 機能ー
形状+ー 形状+ー
材質+ ① 材質+④⑤
材質ー②③ 材質ー⑥
①マント、魔ント
②鎧、知性鎧
③魔法付与装備、触手服
④つけ袖、魔つけ袖(理論上)
⑤布、一反木綿
⑥水晶鎧、リビングアーマー
①マント、魔ント
マントは筒状の構造を持たないので、形状に反応するスライムによって溶けることがない。【氷雪迷宮】に生息するスライムは形状に反応し、極寒の迷宮で熱調節の手段を失うと致命的なので、かの迷宮に潜るときは熱調節魔法が付与されたマントが必須である。
魔ントはマントの魔物であるが、無害な品種が盛んに利用される。有害なものは首を絞めるなどして最悪の場合着用者を死に至らしめる。日々世話をしてやれば、魔法行使の際力を貸してくれる。高級なものは知性を持つとのことである。生物を溶かせないスライムは魔ントを溶かすことができない。
②鎧、知性鎧
鎧を溶かすスライムと溶かさないスライムがいることは古代から知られていた。金属の筒だけで形作れば、形状に反応するスライムをも避けることができる。しかし筒だけでできた鎧を着用して動くには、金属を操る高度の水魔法が必要となり、実用的とはとても言えない。
知性鎧はリビングアーマーを無害化したものである。魔ント同様の利用がなされている。最高級の装備であり、これを身につけるのは歴史に名を残すような優れた戦士だけである。
③魔法付与装備、触手服
魔法付与装備にも服の形や材質をしているものはある。ここでは魔法が付与された装身具の類を言っている。形状に反応するスライムは腕環などを溶かすことができるはずである。そのためか、輪の装身具に隠蔽などの魔法を付与するのは一般的でない。もっとも、隠蔽をかけた状態で腕環などがスライムに触れられるようであれば、それは隠蔽に失敗していると言える。
触手服は性的な用途で有名である。しかし低くない断熱性能と、筒状の構造を持たないことで、一部地方では装備として重宝しているようである。
④つけ袖、魔つけ袖(理論上)
つけ袖は南東諸国で装飾として好まれた。異国趣味の一環として何度か流行している。布でできており筒状の構造を持つので、「材質」「形状」のどちらかに反応すると溶かされる。装飾以上の機能は通常持たないので「機能」に反応して溶かされることはない。しかし迷宮につけていく意味も特にないと言える。
魔つけ袖というものがあるわけではない。「材質の点で服である」「形状の点で服である」「機能の点で服でない」「生きている」を満たす例として想定されているだけである。作るとすれば、次項の一反木綿を加工してつけ袖とするのが比較的容易だろう。一反木綿をそのように使うことはまずない。
⑤布、一反木綿
材質に反応するスライムは布を、場合によっては革も、溶かす。布を構成する糸も溶かす。溶けないような素材で糸を紡いで布を織ろうという試みは成功を見ていない。
一反木綿は、生きた状態の羊木から毛を採取して加工するとできる生き物である。人の手によらずに自然発生することもあり、詳しくはわかっていない。凶暴なものは人を絞め殺すことがある。必ず正規品を買わねば危険である。
⑥水晶鎧、リビングアーマー
水晶鎧は熱も光も通し、服としての機能を果たさない。防御は極めて堅牢で、加工の難しさにより最高級の武装である。言うまでもないが、水晶鎧だけを着用することはない。
リビングアーマーは中身のない鎧の魔物である。身につけると魂を蝕まれる。古代にはスライムがリビングアーマーを溶かすことはないと考えられた。これはスライムがリビングアーマーを溶かす現場を抑えることがなかったためである。
おまけ
服を溶かすスライムは暗殺者への対策に用いられることがあった。リバース・レオタード、こんにちで言う逆バニーはこの対策への対策として生み出された。この血塗られた来歴は広く知られていない。性的な用途でのみ知られるようになったのはなぜか。いたずらに歴史の闇に触れるべきではないと申し上げておこう。