婚約者の令嬢が何度見てもオッサンなのに婚約破棄できません
俺の目の前の、パツンパツンのドレスに身を包んだ無精髭の生えた30代後半の長身のオッサンが、優雅に微笑んで自己紹介した。
「はじめまして、ウィリアム様。ガーランド家のロザリアと申します。」
今日は、俺の婚約者と初顔合わせの日だった。
事前に、ガーランド伯爵家の俺と同い年の娘が婚約者である、と親からは教えられていた。
が、俺の目に見えていたのは14歳の少女ではなかった。
パツンパツンのドレスに身を包んだ無精髭の生えた30代後半の長身のオッサンだった。
肩までの黒髪は艷やかに緩くウェーブしている。無精髭は生えているが整った美貌のイケオジで、俺の母が好きそうなタイプだ。
騎士服の方が似合いそうな長身マッチョだが、着ているのはパツンパツンの高価そうなドレスだ。それこそ伯爵家の令嬢が着ていてもおかしくないくらい上等なものだ。
しかし女装と言うには化粧もしていないし、髪も結い上げていない(そもそも短く肩までしかない。)、武闘派のオッサンが無理やりドレスを着せられましたといったやけくそなコーディネートだった。
「え?あの…?えーと……」
異様な光景に、俺は何度も彼女と周りを見回した。これは、何かの間違いではないかと。
何かの余興なのか?それとも俺の目がおかしくなったのか?ひょっとすると新種の呪い??
「どうしたんだ?ウィリアム、ちゃんと挨拶しなさい」
父はうろたえるオレを怪訝そうに見て挨拶をしろと叱る。
そう、周りは誰も「彼女」のことを指摘せず、さも14歳の少女であるかのように扱うのだ
。俺の母親などこの手のイケオジには目が無いので普段であれば目を輝かせてハァハァしていそうなものだが、「彼女」のことを礼儀正しいお嬢さんね、というような好意的な目で見るばかりだ。おかしい。俺の母はもっとミーハーで騎士団のファンクラブに入っているような女なのに。
そして父は俺に怪訝な目線を向けている。父に俺と同じ光景が見えていたならばこんな顔はしないだろう。
「ウィリアム様?」
オッサンは可愛らしく小首を傾げて俺に問う。
聞こえてくるのは少女の可憐な声ではなく、ナイスミドルに見あった低い声である。イケボイスだ。
こわい。なにこの空間。
「ウィリアム?さっきからおかしいぞ?……ウィリアム!」
俺はわけのわからない恐怖に、失神した。
☆☆☆
「ごめんなー、ウィリアム君。俺の姿が見えてたんだな」
オッサンは後日謝罪に来た。
例のパツンパツンドレスの妙きちりんな女装のままで。
メイドや家族は少女への対応なので違和感がすごかったが、二人きりになると崩した口調で肩を叩かれた。
やっぱりオッサンだった!
「たまーにいるんだよなぁ。魔眼持ちで見えちゃう奴。50年に一人くらいかなぁ。」
ロザリア?はソファにどっかりとオッサンらしい座り方をする。
俺も向かいのソファに座る。
「ロザリア?さんはなぜそんな格好をしているんですか?そしてどうして僕の婚約者に?」
「あー……取り敢えずご解を説いておくと、この格好は趣味でやっているわけじゃなくてなぁ。オッサンこう見えても『黄昏の聖女』の家系で魔術制約のせいでこんな格好してるわけ。」
黄昏の聖女。
この国で昔から信仰されている聖女だ。
え?、黄昏の聖女とオッサンになんの関係が?!
「魔法で少女に見えるようにしてるけど、服装は魔術制約で『令嬢』指定されてるから、こんな格好しないとオッサン魔法使えないのよ。オッサンの趣味ではないからね。あとちなみにロザリアは本名です。オッサンの家系、魔力が高いと男でも女の名前つけられるんだよね。」
「黄昏の聖女って……、物語の?」
聖女と魔族の間に生まれた、両方の特性を持つ『黄昏の聖女』が「不死王」を倒しました。という昔から伝わるおとぎ話だ。
「そう、初代『黄昏の聖女』はおっさんのご先祖さま。だから見た目こんなのだけどオッサンも400歳くらいなんだ。」
まって!オッサン!
まず黄昏の聖女が実在したのとか、オッサンが黄昏の聖女の子孫だとかめっちゃ長生きだとかツッコミが追いつかないからね!
思わず無表情で思考ストップしていると、「そんで本題なんだけど」とオッサンが前置きした。
「オッサンはこんな成りだけど当代『黄昏の聖女』でね。ウィリアムくんと婚約したのは君が魔族に狙われているからなんだ。『黄昏の聖女』の役目は魔族に狙われている男性と契約して守護すること。魔族は圧倒的に女が多いから狙われるのは男ばかりなんだけど、魔族女は支配欲が強い上に人間は玩具か鑑賞物くらいにしか思ってないから狙われたら確実に奴隷扱いされちゃうのね。」
「……おじさん、これって盛大なドッキリとかじゃないですよね?」
「いや、違うよ。これ教会からの勅令書ね。君のこと守るように書いてあるでしょ?」
「マジかよ」
「君のことは学園の入学前検査で魔族に狙われやすい『贄の魔力』持ちだって分かっていたからね。そろそろ身体的には成人するから本格的に狙いに来る前に契約しときましょうね、と。」
「贄の魔力、って何ですか?」
そもそも聞いたことがない言葉だ。しかも命に関わることだし、聞いておかないといけない。
「贄の魔力持ちは、魔族が血肉を食らうと魔力が倍増する魔力持ちのこと。そのままバリバリ食べられたり……はあまりないけどそういう趣好の魔族はいないわけじゃないし、血肉を供給するため死なないように回復魔法をかけられながら寿命が尽きるまで飼い殺しにされることが多い。そういうふうになりたい?」
「絶対嫌です」
「じゃあ俺と契約しようね。ここに血判押してくれる?」
「……待って。この契約書、俺と一緒に学園に通うって書いてあるんですけど……?」
「俺と一緒に魔法騎士学園に通うんだよー。」
「え?」
「転校になるけどしょうがないよね。護衛もできるし、君も一応自衛手段を学ばないといけないからね」
「おじさ…………ロザリアさんは教師で?」
「もちろん同級生だよ?ははっ」
おっさんが遠い目で「制服かぁ…二回目だなぁ……」と呟いている。目のハイライトが消えた。
「もうね、女装はいいんだ開き直ってるから。でも制服はちょっとオッサンにはきついんだ。オッサンも辛い……」
「すいません、おっ……ロザリアさん」
いつのまにか朱肉につけられた指が契約書に押されていた。
「あ」
「もう血判じゃなくて朱肉でいいよ。じゃあ来週からよろしく『婚約者』殿」
「は?」
「自衛できるようにバシバシしごくからねー!はやく婚約破棄できるように頑張ろうね。自衛できるようになったらもう守護契約はいらないからね」
「」
「ちなみに自衛できないといつまでも俺と婚約したまま、結婚しちゃうからね……。」
「」
「死ぬ気で頑張れよ坊主?」
「」
最後めちゃめちゃドスが聞いた声でおどしてくるオッサンにちびりそう。
この時の俺は、来週からはこの視界の暴力おじさんとつねに一緒に過ごすことになり(対外的には男女なのに寮で同室)、さらに未来にはおじさん(見た目美少女)に横恋慕したクラスメートに決闘を申し込まれることになるとは知る由もなかったのである。
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※ちなみにとうとう自衛できるようにならずオッサンが泣く泣く結婚まで行ってしまったやつはいままで二人います。
※学園の卒業と同時に婚約破棄をたたきつけた猛者もいました(最短)。二人共嬉しすぎて卒業パーティーで婚約破棄の茶番をやったりしました。
※女装は趣味ではなく、魔法少女が変身しないと魔法が使えない、というような魔術制約があるためです。
※オッサンが若い頃はナチュラルに美少女に見間違える可愛さだったので、せめてもの抵抗にムキムキになりました。