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俺の妻は幽霊だ  作者: 高峰輝雄
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陽明山 その4

 ホテルの部屋に戻り、テーブルの上に赤い小包を置き、中の札束から一万元札を五枚抜き出す。

 皆は一万元で十分足りるとは言っていたが、念のために持っていくことにした。

もし、何か買いたい物があれば、十分足りるだろうしね。

それにしても、ナイトマーケットか。

絶対にあの臭い豆腐の匂いが体に付いちゃうな。


 思い出せば台湾に来た初日の夜、故郷に同僚が遊びにきたことで、あんまりにも興奮した呉が何を血迷ったのか、台湾料理でもローカルフードマニアしか行かなさそうな店に皆を連れて行った。

そこで出されたさまざまな料理のなかの一品が、臭豆腐(しゅうどうふ)だった。

満面の笑顔で、「これ超おいしいから」と言っている呉と、それを試す佐野がいた。

あんまりの匂いに、鈴木と俺は遠くの席に移ろうとしたが、どこもかしこも同じ匂いが漂っているのに気づき、諦め顔で食べる羽目になった。

味はおいしいんだけどな。

あの匂いがなぁ。

どうしてもだめなんだよな。

多分、日本にいる外人にくさやを食べさせたら同じ気持ちになれると思う。

日本人にとって、あの発酵した魚の香りがしみこんだくさやは『香ばしい』においなのだが、外人からすると『くさい』としか感じられないのと同じだ。

ちなみに、外人の一人である呉には通じてないが。

彼はくさやに白米を二杯はいけちゃうからな。


 そう一人で愚痴をこぼしながら、ちらりと今着ているYシャツを見る。

これはお気に入りのものだ。

ちょっとあの匂いを付かせたくないな。

しょうがない、着替えておくか。

そう考えて、俺はトランクから着替えを出した。

 

Yシャツを脱ぐときにあごが突っかかったのか、シャツが顔を覆い隠すような格好で脱げなくなった。

自室とはいえ、外から見ると面白い格好にしか見えないこれに、お笑いかと自分に突っ込みを入れた瞬間、おなかに非常に冷たい何かが触れた。


「うおっ!」


 変な格好で力を入れて両手を下げたせいか、Yシャツのボタンが飛んだ音がして、目の前が明るくなった。

急いで自分のおなかを見るが、特に何か変わっているように見えない。

ただ、手を付けると、わずかに冷たい空気がそこに残っているのを感じた。


なぜ急に……。


周りを見回すと、ちょうど俺が立っているとこから一メートルの天井に、送風口があるのが見えた。

そこから冷たい風が吹いていた。

あれか?

送風口から離れているんだけど、エアコンが急に強風を吹き付けたってことかな?

あんまり複雑なことを考えるのが苦手な俺はそれよりもと、そのYシャツを見た。


「うーん、お気に入りだったんだけどな・・・・・・」


 冷たく感じた原因は分ったが、それのせいでお気に入りのYシャツのボタンが全部弾け飛んでしまったのが、ショックだった。

ただ、これがYシャツだったのが、不幸中の幸いだったかも。

足下に落ちてしまったボタンを拾い集めて、小袋に入れる。

日本に戻ってから補修すれば、また着れるようになるからだ。

軽くそれをトランクの上に置く。代わりに適当に取り出したTシャツを着た。


 鞄を持つと、部屋の外に出る。

ちょうど一階のロビーで皆とナイトマーケット観光に行くための待ち合わせ時刻になる。

ロビーまで降りると、呉がフロントの人となにやら話していたので、二万元を渡して、両替してもらうように頼んだ。

フロント係を見ると、備え付けのマップを手に、なにやら書き込みをしていたようだ。

どうせタクシーでそのナイトマーケットまで行くのだから、道なんか知らなくてもいいのにとは思ったが、まじめな呉は自分が把握していないと、ストレスが溜まるタイプなので好きにすればいいとも思う。


 佐野と鈴木はまだ降りてきてないから、まだ話している呉はほっといて、一人でロビーのソファに座って待つことにした。

見回して、やはり台湾の安いホテルは面白いと思った。

ビールが入っている冷蔵庫があるのは良いが、その真横に、コンドームの自動販売機が置かれている。

つまり、ここはラブホテルも兼務しているのか?

まぁ、そんな適当なホテルだからか、俺達が覆面とはいえ、パトカーの印であるサイレンが付いているミニバンから送迎されてきたときにも、普通に対応してくれていた。

日本なら野次馬が集まるのに、ホテルマンも近くに居たカップルの客も全くそれにノータッチだった。

逆に良い思い出になったじゃんと、ドアマンに言われたぐらいだった。

そのやりとりの方が良い思い出だよ。


 そうこうするうちに、佐野と鈴木が降りてきた。

呉も任せろとばかりの自信がある顔で来たので、ドアマンにお願いしてタクシーを呼んでもらった。

行き先はと呉に聞くと、士林(しりん)夜市(やいち)だと言われた。

そういえば、観光ガイドブックにも必ず乗っている、台北で最大規模のナイトマーケットのようだ。


 タクシー内で、皆に約束通り、二千五百元を渡した。

着くまで三十分かかるらしいが、その中で佐野はルールを説明してくれた。


「みな、スマホと無線ルーターを起動しているよね。着いたら、早速Facebookに投稿をし始めよう。何かを食べるごとに写真とその金額をコメント欄に入れること。いい?ちなみに、その場で食べれるもののみ買って良しだよ。お茶っ葉みたいに、持って帰る物はその二千五百元からは引かれないから気をつけて」

「オーケーオーケー」

 鈴木が軽く答える。

「それって、二千五百元分食べきらなきゃいけないってことか。超贅沢が出来るよ」

 にっこり顔で呉が言った。

「そういえば、呉さんが言うには、ナイトマーケットは節約しようと思えば、二百元でもおなかいっぱいになれるんだって。親戚と行くときには良くそういう競争をやるらしい。でも、今回は折角ナベが軍資金を出してくれるんだから、逆パターンにしようと思ってね」

 佐野はそう言うと、わざとらしく二千五百元分の紙幣で風を扇ぐまねをした。

力が強いのか、前髪まで風が届いていた。


「おおお、二百元で行けるところを二千五百元で試すのか、なかなかのチャレンジかもね。あ、ナイトマーケットの写真は俺に任せてね。自分たちが食べたものは自分たちで撮ってもらわないといけないけど」

 鈴木が紙幣を胸ポケットにしまい込んで、代わりに肩にかけていたカメラをあげた。

WIFI機能が付いていて、俺をはじめとする皆のスマホに写真を転送出来るのが助かっていた。


「じゃ、僕はこれね」

負けじと呉がポケットから出したのは小さい何かだった。

匂いからして・・・・・・。


「これ、正露丸?」

 鼻を押さえて、佐野が言った。

「そう、正露丸。残念なんだけど、ナイトマーケット、僕でも何回か当たったことがあるんだ」

「おいおい、台湾人が台湾で腹下しちゃうのって、やばいんじゃないの?」

 その匂いが嫌いっぽい佐野は手をひらひらして、風で飛ばそうとする。

「大丈夫、それも良い思い出になるよ」

 そうにっこりと呉は言うと、全員に正露丸が入った小袋を渡してきた。


 タクシーが停まった。窓の外を見ると、いつの間にか、ナイトマーケットに着いていた様だ。

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