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俺の妻は幽霊だ  作者: 高峰輝雄
21/52

ホテル その7

コーヒーとサンドイッチを急いで腹に収めると、俺はホテルに戻った。

他の三人とはロビーに九時集合としているためだ。

部屋に戻ったときには八時五十五分。

後五分しかないのに、服とかお土産とかがまだ部屋のいろんなとこに散らばっていた。

何故かこういう時に激しい腹痛に襲われる。

時間的に、昨日の海鮮料理か?

しょうがないか、と俺は皆にメッセで十五分遅れる旨を伝えた。


 トイレから出ると、いつの間にか部屋が片付けられていることに気づく。

「あれ?」


 思わず独り言が出た。

これはひょっとして、俺がトイレに籠っている時に、ホテルの清掃員が入ってきて、片付けをしちゃったっていうやつ?

時計を見ると九時十分を指していた。

そりゃ、ホテルには九時には出るって言ったけどさ、俺の荷物をみて、まだ客がいるって分るでしょ。

確かに腹痛がひどかったので、トイレの中で唸っていて、部屋に誰か入ったとしても気づかないけど、ちょっとひどいのでは?文句を言おうと電話に向かうが、俺はおかしいことに気づいた。


 片付けられているのは、俺の荷物だけだ。

つまり、俺の服はきれいに畳まれてトランクの上に置かれているし、その上には、昨日拾った赤い小包があった。

お土産も紙袋に入れられてトランクの横に立て掛かっていた。

財布と鍵束が入った小さな鞄もトランクの上にあった。

が、ベッドのシーツとか、まくらとか、俺が寝ているときに蹴っ飛ばしたものはそのままだった。

つまり、本来のホテルの清掃員が清掃する箇所はそのままで、客の荷物だけまとめてくれたってこと?

トランクの横に行くと、畳まれている服の一番上は、俺のお気に入りのYシャツだった。

これ、昨日の夜、ナイトマーケットに行く前にボタンが弾け飛んでしまったのだが、今はしっかりと取り付けられていた。あれ?


 プルルルルルン。


 急にスマホが鳴り、俺はびくっと一歩引いた。

なんというタイミング。

出ると、佐野だった。

「もしもしナベ?もう少しで降りて来れそう?なんか呉さんがね、例の物を買うのに良いところがあるから行かないかって誘っているけどどうする?」

「例の物?ああ、お姉さん方への?」

「そう。俺達、本当は空港の免税店で買う予定だったでしょ。でも、そこの方が二十%近く安いらしい」


 そう言われて、俺は部屋を見回した。

トランクの上に乗っかってる服はそのままトランクにしまえば良いし、その横に置いてあるお土産もトランクの中に入りそうだ。

なら、すぐに着替えたら降りられるな。

そう判断すると、佐野に五分内に行くと伝え、電話を切った。

なんか考えるのが面倒になってきたので、とりあえずさっと着替える。


 今回の台湾旅行は三泊四日では有るが、平日の水曜日羽田発、土曜日羽田着なのだ。

そのため、プロジェクトが終わったとはいえ、平日を三日休むに当たり、部署のいろんな方に仕事の代打を依頼することになった。

その中で、運悪く、『お姉さん』と呼ばれる先輩方、いわゆる『お局様』方にも依頼をする羽目になったのが、佐野、鈴木と俺の三人だった。

お姉さん方から、仕事の代打は良いが、その代わりに台湾で買ってきてほしいものがあると言われ、お金を持たされた。

調べると、指定された商品は販売店が台北でもちょっと遠いところに有ったり、販売価格が空港よりも高かったりした。

さらに、もらったお金だと、両替の手数料等を差し引いたら、十%ほどのマイナスとなってしまった。

呉に依頼して、ネットで価格を検索してもらうと、お姉さん方からもらったお金だと、台湾の大手ネット企業が運営しているオークションサイトで買わないと割に合わない物だった。

お姉さん方からその差額をもらうにしても、買い物が下手だからじゃない?

なんて、変な風に睨まれると困るので、自費で補てんする予定だった。

それが、二十%近く安くなるのなら言うこと無しだ。

ちなみに、何故か呉はそういうお姉さん方に気に入られている為、この宿題は無しだ。

ちょっと不公平と思ったのは秘密だ。


 とにかく、俺は着替えた後、荷物を持って部屋を出た。


 ロビーに着くと、佐野、鈴木と呉の他に、グレースも待っていた。

四人が談笑している間、俺は会計を済ます。

初日にクレカで前金として全額支払っているので、会計というよりは精算作業を終えて、俺が皆が待っているソファに向かった。


 俺を待って、四人がぞろぞろとホテルの入り口に向かう。

グレースはどうするのだろうか?

空港まで見送りに来るのかな?

最後に歩いている鈴木を捕まえて聞くことにした。

「あ、そうか、ナベいなかったんだ。実はね、呉さんは今日帰らずに明後日に帰ることにしたんだって」

「え?」

 足が止まった。

「明後日って、今日のチケットは?」

「それは破棄するってさ」

「なんでいきなり」

 俺の質問にくくくと鈴木は笑いながら、玄関先でミニバンに乗るグレースを指した。

「なんでも、今朝、呉さんがあの子が明後日の便で日本に戻ることを聞いてね、一緒に帰りたいから、朝食時にLCCでチケットを取ったところだよ」

「え?でも、仕事は?月曜日でしょ、明後日」

「なんか、朝六時に成田に着くから、ぎりぎり会社には間に合うって」

 きれいに切りそろったボウズ頭をなでて、鈴木は言った。

「だから、俺達と今日一緒に帰れないお詫びに、そのグレースの親戚に頼んで、安くお土産が買えるように交渉してくれたんだ。なんか台北一〇一の近くで免税店をやっているんだってさ、でしょ、呉さん」


 ミニバンに着き、鈴木はバックドアから荷物を入れながら、前に座っている呉に声かけた。

「そうそう。僕達が二日目に立ち寄ったところ有ったでしょ。その近くにも免税店があるんだって。でも、他の店員やお客さんにバレると面倒だから、早めに行かないと行けないんだ」

 呉は運転席から後ろを向いて説明した。

助手席にはグレースが乗っている。

これ、タクシーかと思いきや、グレースの親戚の持ち物とのこと。

なんか、いろいろとサプライズが多い。

が、そろそろ、多すぎて考えるのが面倒なので、流れに身を任せることにした。

どうせ、用意周到の呉と、即断力のある佐野、細かいところに気づく鈴木がいれば、問題は起きることがないだろう。

そう考え、俺も荷物を入れて乗ることにした。


 車は一路、台湾で一番高い台北一〇一の近くを回り、買い物を済ませ、松山空港まで来た。

出発時間は十時五十五分。

飛行機の出発時間が十二時なので、後十五分以内にチェックインしないと行けない。

 俺達は車から降り、トランクに手を取ると、呉とグレースにお礼を言って、一目散に中華航空のカウンターに向かった。

どうせ二人には来週会えるから今は飛行機の時間の方が大事だ。

 そのままドタバタと、チェックイン、ボディーチェック、出国審査を経て、飛行機の搭乗ゲートまで一気に行った。

乗客が飛行機に乗り始めるのを見て、間に合ったと一息が付けた。


「なかなか良い旅だったな」

 窓側に座り、シートベルトを付けて、俺は横に座った佐野と鈴木に言った。

「そうだな。久しぶりに楽しんだよ。ナンパに成功したし。」

「そうだね。あのナンパのおかげで、呉さんは彼女出来ちゃったしね。だが、俺としては、ナベがあの小包を拾ったのが一番のラッキーと思うよ」

「いやいや。俺はあんなピンポイントなナンパが出来た佐野がすごいと思うよ」

「そりゃ、俺をなめちゃ行けないよ。って格好いいこと言ってるけど、あれは俺もすっげーラッキーだって思ったよ。5回ぐらいナンパして失敗していたからね、こりゃ、ES社の遊び人のプライドにかけてもやり遂げないと」

 前髪を掻き上げて、照れ笑いをしながら佐野は言った。

「そんな回数をこなしていたんだ。お疲れだ……ったんだね」

 言いながら窓の外を眺めていた俺は、ふと飛行機の翼に赤いベレー帽の女が座っているのが見えた。

と思ったら、すぐに消えた。

もう一回見ようと目を細めてみるが、さきほどの場所には何もなかった。

 なんなんだろう。

そのうち、機内放送が始まり、飛行機は飛び立つ準備を始めた。


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