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俺の妻は幽霊だ  作者: 高峰輝雄
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陽明山 その1

 先々週のことだった。


 会社の同僚たち三人と合計四人で、台湾へ三泊四日の旅行をした時のことだった。

入社した時のオリエンテーションで同じチームになった縁から、それから毎年、お疲れ様会と称してどこかに数泊の旅行をするようになった。

幹事役は毎年ローテーションになっていて、今年はこの四人で唯一の外国人である、()冠宏(かんこう)が幹事だったため、彼の母国である台湾になった。

本当は夏休みに出発する予定が、四人すべて所属が異なるために、それぞれ手掛けているプロジェクトが一段落するのを待っていたら、九月末となった。


 三日目に陽明山温泉という、台北からバスで一時間の山で温泉に入った帰りのことだった。

九月も終わりにも関わらず、まだ真夏と言えるほどこの暑い台北の中で、行き先を温泉を選んだ理由は、そこは台湾でも珍しい混浴温泉があるためだ。

ただ、温泉に二時間も入っていたが、折角の混浴にも関わらず、若い女性が一人もはいっておらず、代わりに七十だか八十だかのおばあちゃん団体しか居なかった。


 まぁ、そんなことだろうと、曲がりくねた山道を四人でしゃべりながらバス停に向かったその道の端に、俺はきれいな赤い小包がちょこんと置かれているのを見つけた。

黒色のコンクリートに、灰色の歩道とその間に設置されている白い段、周りの緑色の植物とさえぎるものが山しかない青い空の一か所に、真っ赤なそれは自己主張をしていた。


「あ、取っちゃだめだよ」

 俺の左隣を歩いている呉が何故か止した方がいいよと忠告したが、誰かの忘れ物だと思ったから、深く考えずに俺はその小包を取ってしまった。

その瞬間、おぼろげに目の前に赤い何かを被った可愛い子がいた。

俺の胸に手を付けて、ぺこりと頭を下げた。

「え!?」

驚くあまり、俺が目を何回かパチパチしたら、消えてしまったようだ。今のは何?


「ん?ナベ、大丈夫か?」

 腕を引っ張られる感じがし、その方向を見ると、呉だった。

ああ、そういえば、俺は小包を拾ったんだった。


さっきのを忘れて、いつも通りの声で言った。

「誰かの忘れ物だろう?日本人は海外でも落とした物は届けるんだって、台湾人に見せつけてやろうぜ」

「そういえば、この前、台湾の旅行客が京都で、一千万円の札束が入ったカバンを拾って届けたんだって」

 前を歩いていた佐野裕太は振り向き、そう言った。

その拍子で前髪が逆方向に流れたため、右手で整えながら続けた。


「ニュースになってたよね」

「え?そんなことがあったの?」

 その横で、段の上で歩いていた鈴木大輔が続く。

百五十五センチと背が低い鈴木は段の上に立ってようやく横の百七十センチの佐野と並んだ。


「はい、チーズ」

と言いながら写真を一枚撮る。


「そうなんだよ。しかも持ち主が出てこなかったから、わざわざ台湾からその人を京都の府庁まで呼んで、全額の一千万円の贈呈と表彰があったんだよな。羨ましいぜまったく」


 その佐野の言葉を受けて、鈴木はにやりと俺を見る。

「面白い、これでナベが呼ばれたら、皆でまた来ようか。もちろん、ナベの奢りだね」

「はっは。いいね。そうしたら台湾旅行第二弾だね」

 俺も同意するように拾った小包を掲げた。


「それじゃ、証拠の写真を撮っておこうか。ナベ、もっと車道から離れるように右端に寄って」


 鈴木はぶら下げたカメラを構えると、俺に少し位置をずれるように手を振った。

「折角なので、ついでに呉さんも一緒に」

 一人じゃ味気ないので、車道側にいた呉の腕を引っ張っておく。


苦笑しながらも真横に立つ呉に、鈴木は注文を出した。

「呉さん、そこに立つとナベが低く見えちゃうから駄目だよ」

「あ、そうか、ごめんごめん」

「それに、せっかくだから後ろの山も撮っちゃいたいな。ごめん、ナベと場所交換してもらえないかな」

「オーケー」

 そう呉が後ろに下がると、俺は呉が立っている位置に移動し、呉が俺が立っている位置に移った。

鈴木は立っている段から歩道に降りると、カメラのファインダーで確認しながら、さらに注文を続けた。

「はい、ナベはそれを右の方に傾けて、呉さんはそれを支えてみて。よし、いいよ。それじゃ、写真を撮るね。はーい、チーズ」

「鈴木、それ、こだわり過ぎじゃないのか?」

 鈴木の横に立ち、呆れ顔の佐野が言った。

つられて、呉と俺も苦笑をした。


「いいの、記念でしょ」

 写真を撮り終えて、満足顔の鈴木はカメラを下に向けて、佐野にそう言った。

「そりゃいいけどさ。それにしても、ナベ、その中に何が入ってるの?」

「ちょっと待ってね、開けてみる」

 そう、俺は手荷物を呉に預けると、その小包を開けた。

 

「これも大金が入ってたりして、って、本当に入ってた」

 中身は可愛らしい親指サイズの御守りと札束であった。


「ん?お金?」

 それを聞いた呉が動きを止めたのが横目で見えた。


「え?なんかやばいの?」

 顔を見ると、先ほど苦笑していた表情が強張っていた。

気持ち顔色も青くなっている。掛けている眼鏡の位置をわざとらしく直すと、呉は言った。

「ちょっとナベ、それまずいかも」

 呉の心配そうな声に、前にいる佐野と鈴木はこちらに向かった。

「呉さん、まずいって何が?」

「それ、多分台湾の風習だと思うので、戻した方が良いかも」

 佐野と目線を合わせて、鈴木は続いた。

「風習って」

「いや、僕もよく知らないけど、小さい頃から、道に落ちている赤いカバンは拾っちゃだめって聞かれていたんだ。なんかまずいことが起きるらしく」

 真っ黒な髪と白いYシャツで囲まれた呉の顔は、深刻っぽい青色をしていた。


「それ、小さい子に言うことを聞かせるための脅しじゃないの?」

 くすっと佐野は笑った。耳にかかっている髪を根元からかき上げて、続けた。

「ほら、日本でも良くあるよ。悪いことしたらお化けが来るとか。子供の時は怖かったんだけど、正直、具体的にはなんも無かったりするでしょ?」

「僕も知らない。知らない方が良いって言われたから。でも・・・・・・」

 顔がこわばっている呉に、逆に鈴木は軽快に笑った。

「いつも通りに恐がりだね呉さん。台湾にいる間にこれで何回目だよ。俺の呉さん恐怖コレクションがどんどん溜まっていくんだけど」

 そうカメラを指して、鈴木は再度笑った。飛行機に乗るときに怖いとか、ホテルに泊まっているときに必ず電気を付けて寝るとか。

機会あるごとに鈴木はそれを撮って保存している。

それを思い出して俺も笑う。


 二十九歳で俺達の三歳上でなおかつ、台湾の徴兵令で軍隊に二年間いたので、筋肉質の体と凛々しい顔という外見では分からないが、呉はかなりの恐がりだった。

幽霊ものやお化けものが苦手なのである。

なんでも子供の頃からキョンシーの映画を見て、怖かったあまりに漏らして以来、あういうのがだめなようだ。

ただ、ゾンビとかは平気なんだよな。

それに、軍隊に二年間いた間に何度も実施があった、明りがない山地での訓練は苦にしていなかったと本人は言っているので、そこの微妙な線引きが俺にはよく分らなかった。


「そうそう、今は二十一世紀だよ。日本でもいろんな風習を気にしていないのに……。それよりも、これはいくらなんだろう」

 呉の肩を軽く叩き、俺は札束を取って数えた。台湾の通貨で百万元だった。


「おいおい、百万元あるんだけど。台湾でも一割のお礼だっけ?」

 喜びのあまり顔がにやけてしまった俺の質問に、呉は軽く頷いた。

俺は立ち上がっている髪がさっと落ちるのを手で押さえると、


「いいね。一割でも十万元あるってことか。結構な贅沢が出来そうだね」

「おお、やはりさっき鈴木に写真を撮ってもらって良かったな」

 佐野はそう言うと、バス停に向かって走った。

後五十メートルもないので、歩けばいいのにとは思ったが、サッカーが趣味の佐野は無性に走りたい時が多々あると言って、会社内でも廊下を走っていたのことを思い出した。


「そういえば、十万元っていくらになるんだっけ?」

 それに歩きでついて行く鈴木は振り向いて、呉に向かって聞いた。

「空港で両替したのは四円だったから、約四十万円になるかな」

 その後、俺の方を向いた。

「ナベ、僕は忠告したからね」

「まぁ、俺はそういうのを信じないから大丈夫だろう。それよりも警察署ってどこに行けば良いの?」

 肩をすくめて歩き出す俺に、スマホを出しながらもついてくる呉。


すでにバス停で時刻表を見ている佐野は大声を出した。

「バスはすぐに来るっぽいね。ってか、来たね」

 時刻表に指を残し、佐野が言ったその台詞に三人は振り向いた。

坂の上からゆっくりとバスが降りてくるのが見える。

「とりあえず乗っちゃおうか。あれ、呉さんは何を調べてんの?」

 鈴木は胸ポケットから悠遊卡、日本で言うとスイカ、を出すと、呉のことを聞いた。

「警察署を見てもらってる」

 俺の回答に、呉はスマホから視線をあげると、言葉を続けた。

「警察署は終点にあるよ」

「じゃ、まずはそこかな」

 全員が乗った後で、バスは出発した。


 それにしても、一割で四十万円か。結構いろんな物が買えるな。

 俺の心はその時はかなりのウキウキであった。


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