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俺の妻は幽霊だ  作者: 高峰輝雄
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ホテル その4

「見た?」

 満面な笑顔で鈴木が言った。

「呉さんとその、えっと、彼女候補?のこと?」

 二人が座っている四人用のテーブルに近づき、俺がそう答えると、佐野と鈴木からどっと笑いが起きた。椅子を引いて座るのを待って、鈴木が聞いてきた。

「彼女候補、やっぱナベもそう思う?」

「え?二人も?」

「俺は分からなかったが、佐野がさ、昨日の呉さんの態度から、あれはきっと彼女になるんだろうなって」

「ええ、そんなにすごかったの?」

 俺が驚く。

「いや、逆なんだよ。ほら、俺たちナンパして、クラブに行くって言ったじゃん。行ったのはいいけど、結局カラオケに行き直したんだ。俺よりも呉さんが主役だったからね」

「それ、俺も勧めたよ。でも、なんで最初はクラブだったの?」


 テーブルに来た店員に、メニューでコーヒーを指して注文をする俺。

そういえばと気になっていた、クラブについて聞いてみた。

佐野も呉が踊れないこと、そしてカラオケが得意なことを知っていたはずなのに。


「いや、俺の連れの方、ジェニファーって言うんだけど。その子がさ、クラブの方がスキンシップが多いはずだって言ってね。呉さんのためにそこに行ったんだけどね、ほら、呉さんって運動神経が本当にないじゃん」

「くくく、想像つく。彼女候補の足を踏んだとかでしょう」

「そうそう、で、女の方が痛くて踊れないって言ってね、呉さんと二人でソファに座っていったんだ」

「え?踊れなくなるほどそんなに痛かったの?さっき見たときには何ともなさそうだったが」

「馬鹿だねナベ。そんなわけないじゃん。あれはその子が呉さんの下手さに見かねて、座るという選択をしただけだよ。それでジェニファーと踊っていた俺は、それじゃ、カラオケにでも行こうかって。二人をクラブから連れ出して、タクシーに乗らせたんだ」

「乗らせたんだって、佐野は?」

「俺?もちろん行かなかったよ。ジェニファーとその後朝一時ぐらいまで踊って別れたよ」

「結構遅くまでいて、よくそのまま別れたね」

 佐野は日本での合コンは、よく相手方の女の子を持ち帰ったのに、なぜ台湾ではやらなかったのか。

俺は不思議であった。

「それは俺も思ったよ。なんで佐野は持ち帰らなかったの?」


 鈴木はテーブル上に乗っていた食器を片づけて横に置くと、佐野の方に体を乗り出した。

ミディアムショートの髪をかき上げて、佐野は不本意そうに言った。

「俺もそうしたかったんだけどさ、ジェニファーは親友のグレース、あ、呉さんと一緒にいる子の名前ね、を失恋から立ち直させるために、昨日ナイトマーケットに連れ出したわけよ。だから、グレースを呉さんとのタクシーに乗せ、その後の経緯を聞いた後はさっさと帰っちゃったわけ。そんな子を、無理やり持ち帰るわけにはいかないだろう」

「なんと、そっちも失恋だったのか。呉さんも失恋したし、ちょうどいいじゃん」

「そうそう、俺もさ、最初にナンパした時にジェニファーにそれを聞いて、協力してもらったわけさ」

「でも、よく呉さんが持ち帰ったのを知ってるね」

「それはグレースがジェニファーにメッセを送ったんだ。今日は遅くなるから、呉さんが誘ったってね」

「おおお、今日は雪が降るんじゃないのか?」

 鈴木が両手を上に上げて、驚きを表現した。

佐野はけたけたと笑った。

「でしょう、それで、今日はどうするのかなって思って、二人できっと朝食を取ろうとするからビュッフェで待ってようかって鈴木を誘ったんだ」

「そうなんだよ。佐野とさ、わざと入り口に背中を向けて座って、スマホをいじっているふりをしてね。で、もし、呉さんがグレースって子を連れてきたら、どう反応するのかを見たかったんだ」


「背中向け?でも、どうやってわかるの?」

「それは、ほら、俺のカメラさ」

 そういって、鈴木はテーブルに置かれているカメラを指した。

「気づいた?俺のカメラ。レンズがここへの入り口に向いているでしょ。Wi--Fi機能があるから、実は俺のスマホでリアルタイムで見れるんだ」

 スマホの画面を俺に見せる鈴木。

それには入り口の映像が映っていた。

「なるほどね。で、どうしたの?呉さんなら声掛けて来ちゃうんじゃないの?」

「あはは、ナベも俺と同じじゃん。佐野、ほら、ナベと俺の方が呉さんを理解しているって」

 鈴木はそう爆笑しながら、佐野に手を振った。


「佐野がさ、呉さんは俺たちを見たら、きっとそのまま静かに上に戻るって言ってたわんだ」

「いやー、俺、こんだけ女と遊んでいるけどさ、さすがに泊まった翌日に女の友達やら同僚やらに会う気にはならないよ。ってか、会っても知らんふりをするよ」

 苦笑しながら言う佐野に、俺は少し真面目な顔で答えた。

「いやいや、あの真面目な呉さんを馬鹿にしちゃダメだろう」


「その通りさ。ナベ、呉さんが女の子を連れて降りた瞬間、俺たちに気づいてね。声かけてきちゃったわけよ。俺は思わず佐野を見たら、驚愕したって顔になってた」

「……」

 鈴木がまだ笑いが止まらなく、おなかに手をやりながら言った。

「それで、俺は佐野をほっといて、呉さんに向いたらさん、グレースが気まずそうな顔をしているのが見えたんだ」

「それでどうしたの?」

「しょうがないから、佐野に目配せして、佐野に言わせた」

「言わせたって?」

「それはもちろん、ここは俺たち二人が食べているから、呉さんとグレースは外で食べてきたら、ってね。だてに、昨日の夜グレースと面識があるだけは有ったよ。彼女、それで呉さんに、じゃ外行こうかって誘いって、それで、二人は上に向かったんだ」


 なるほど、俺はようやく合点が行った。

なぜ、さっき、呉達がエレベーターを待っていたのか。

ビュッフェで食べようとしたが、外に行くことになった。

でも、財布を持ってきていなかったので、それを取りに行く途中だったわけだ。

それに、やはりグレースという子は日本語が分るってことも理解した。


「で、二人はどこでそのグレースって子が彼女候補になるって思ったの?」

「うーん、俺は持ち帰った翌朝で、お互いにあっけらかんとしているのであれば、未来がないなって思ってるんだ。ほら、一夜の交わりってやつ?でも、呉さんは思い切り態度に出てるじゃん」

「そうそう、顔を真っ赤にしてまで声かけなくてもいいのにね。で、ナベは?」

「俺はさっきエレベーターを降りたときに二人で待っていたのね。で、俺を見た瞬間、呉さんが真っ赤な顔をしながら、グレースを後ろに隠そうとしたわけよ。あぁ、こりゃ、遊びじゃないなって思った」

 さっきの状況を思い浮かべて、思わず微笑みが浮かんでくる。

「いいなぁ、俺もそういう出会いをしてみたいよ」


 そういったら、どこから水がかかってきた。


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