④
どのくらい時間がたったのだろう。時間は楽しいときは短く、苦しいときは長く進むように感じるというからそんなに時間はたっていないのかもしれない。今の現状を打破できる方法は考えても思いはつかない。死にたくないから生きている。
「いい加減にしてくれないか。もうこれで10回目だぞ。」
男は息を切らしながら、苛立ちと呆れを抑えきれない様子で立ち上がった。
「俺も驚いている。」
出血死、窒息死、ショック死などおそらく現状可能な死に方で死んだ。しかし、俺が起きた時にはすべてが元通りになっていた。そして、同じ死に方をしても元の健康な体に戻っていた。
10回も死ねば痛みにも慣れると思ったがそんなことはなかった。痛いものは痛い。しかし、痛くても多少動けることができるようになったことは大きな前進ともいえる。これだけ死んでも死なないのだから死ぬことを前提に行動しよう、ということは考えはしたが行動に移ろうとは思わなかった。男が殺すことを命令されているならば必ず俺にも死が訪れる。
男は俺を何度も殺しているため体力は消耗しているが目立った外傷はない。倒すにしても力の差は大人と小学生くらいかそれ以上ある。ナイフも男の右手にある。
「俺はどうやって生き返ってたんだ?」
「さあな。巻き戻しの映像を見てるみたいだったけどな。」
「俺が意識がないときにずっと殺せばよかったんじゃなかったのか?」
「そうしたいのは山々だったんだがなあ。お前、意識が戻るのが早くなってるんだよ。最初は30秒くらいだったのが、今じゃあ5秒くらいだ。刺し続けてみたが元に戻るスピードのほうが圧倒的に早い。」
男のほうもどうやったら死ぬのか分からず悩んでるのかそれともただの気まぐれなのか言葉数が多い。
「お前は外に出たら何をするつもりだったんだ?」
今思いつくことは男の警戒を少しでも解いて不意を突くこと。まともにやっても勝ち目がないことは初めから分かっていた。
「まずは裏切った仲間を殺す。それからは適当に遊んで暮らすさ。休憩もそろそろいいか。俺はお前が死ぬまで殺し続ける。」
男は深呼吸をし、俺の方へとゆっくり近づいてくる。最悪だ、完全に気をそらせる状態じゃない。立ち上がり、距離をとるように後ずさりする。獲物を狙う肉食動物と狙われる草食動物の関係みたいで徐々に追い詰められていく。
「これで11回目だ。」
男はナイフを突き出す。俺はそれを避けようとし体をひねると地面に広がっていた自分の血で足を滑らせ、男のほうへと倒れこむようにこけた。全くの偶然だったがチャンスだと思った。ここで動きを封じないとこれからも一方的な展開が続くだろう。
「うあああああ!」
自分を鼓舞するかのように声をあげ、男の両腕に足を乗せ、馬乗りになった。そして、一心不乱に男の顔面を殴り続けた。時々、うめき声のようなものが聞こえた気がしたが関係なく殴り続けた。
手が痛みが強くなって殴る拳を止めた。自分の手をみるとペンキでもこぼしたのかというくらい真っ赤だった。そして、男を見ると力なく倒れこんでおり、顔は元の顔とはかけ離れており、腫れて血で真っ赤になっていた。男から体をどけ、男の右手にあるナイフを奪った。どうする?出口を探している間に起きてしまったときにまたやられてしまうかもしれない。太ももあたりを刺して動けなくしたほうがいいかもしれない。俺はナイフを男の右足に思いっきり刺した。筋肉を貫通していく気色の悪い感触が手に伝わる。その感触が嫌で、すぐにナイフを抜く。男の太ももから大量の血が流れる。その光景をみてどこか現実ではないような、グロテスクな映画を見ている感覚になった。不思議と罪悪感はない。しばらくすると痛さからか男が目を覚ました。
「お前を…必ず殺してやる。」
額に脂汗をかきながら、鋭い眼光で俺を睨めつける。まだ俺が殺される可能性があるな、一定の距離はとるようにしよう。
「い、嫌だね。俺は出口を探す。」
男の気迫にビビり、言葉に詰まりながら言った。男との距離を確認しながら、壁をつたい扉がないか探す。しかし、どこにも見当たらない。部屋を一周したところでどこからともなく声が聞こえてきた。
「やあ、調子はどうだい?この部屋は二人のどちらかが死ぬまで出口が現れないようにしてるんだ。二人とも部屋から出られるように頑張ってね。」
「ふざけるな!」
俺は大声で叫んだが返答が戻ってくる様子はない。人殺しになれっていうのかよ!男のふとももを刺した時の感触を思い出し、手が震える。男のほうを見ると落ち着いており、右足のふとももから流れ出ている止血を行っていた。やはり、あきらめてはくれないようだ。男が動き出す前に心を決めるしかない。もう死ぬのはごめんなんだ。
常に男の背後をとるようにし、ゆっくりと動きを観察しながら近づいた。そして、心臓があるであろう部分にナイフを思いっきり刺し、抜いた。さすがに満身創痍では抵抗はできなかったみたいだった。
「すまない、俺が死なないためにはお前を殺すしかないんだ。」
「10回お前…を殺した…相手に謝罪するの…かよ。」
小粋な冗談でも聞いたかのように男は笑った。ヒューヒューと喘息のような息づかいで横になった。
「死に…たくねえ…。」
男は涙声でぽつりとつぶやいた。まるで楽しかった思い出を話すお爺さんのようだった。
「すまない。」
謝罪の言葉しか俺は思いつかなかった。ボーとして横になっている男を見る。
男は俺のほうを向いて
「俺を…ここに…連れ…ころ…。」
そこで男は電池の切れたおもちゃのように力尽きた。かすれた声でいて弱弱しい声だったがなぜか強い意志を感じた。男の目は見開いたままでずっとこちらを見ていた。俺はその目を見つめながらただただ立ち尽くすだけだった。




