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悪魔の格

「まずは調査か」


 ヴァンは手のひらを広げて、そこに意識を集中させる。

 と、ふわり手のひらの中心を起点に、空気の螺旋が湧き上がる。

 彼の司る風の魔法。


(ふむ、どうやら魔法は問題なく使えるようだな)


 彼は手の中の螺旋を放り投げるように腕を振るい、

 ぼっと空に放られた廻転する風流は、一気に膨張し、世界の輪郭を撫でるように四方八方に駆け抜けた。

 

 これは風を利用した探査の魔法。

 今放った空気の流れに触れたもの全てを、彼は五感のように認識することができる、広範囲の探査の魔法だ。


「おや、これは」


 広がる彼の風が何かに触れた。

 それは彼同様、一つの悪意の塊。

 だが、彼ほど強大な悪意ではない。

 

「……低級悪魔、か」


 悪魔の格付けは、その悪意の量や質によって決まる。

 人の悪意を喰らい、力とする彼らにとって、悪意の性質や量はその力を示すべき指針ともいえる。

 例えば人が日常的に抱く抑えきれないほどの強い悪意でもある憤怒の悪意を貪る悪魔は、彼の元いた世界でも最高位の悪魔として知られている。

 それが悪魔の格付けであるが、今彼の風の探査に引っかかったこの悪魔の悪意はあまりにも弱い。

 恐らく負の感情として名前すらも付けられてないような微々たる悪意の塊に過ぎず、そんなものを貪るようなこの脆弱な悪魔は、彼にとって低級という他なかった。


「……もう一人、いるな」


 そして彼の放った風が触れたものはその悪魔だけではなく、その近距離にもう一人。

 こちらは悪魔などではなく、人間。

 それもまだ年端もいかない女の子だ。


「人間の子供か。悪魔に追われて、可哀想に」

 

 言いながらも彼は人間を助けるつもりは皆無だった。

 この世界の情報を聞き出す為に必要なのはこの悪魔だけで、こちらの人間の方は不要。

 むしろ邪魔ともいえる。

 その為、彼は子供を助ける為に動くことはせずに悪魔の捕食が終わるまでを待つ。






 どうしてこうなったのかな。

 いつもいつも私ばかり……と、悪魔に追われる女の子は、強くそう思う。

 

「オラオラ、どうしたよぉ、もっと恐怖をくれぇ」


 ざっざっと女の子の手足の柔肌に裂傷が刻まれて、血飛沫が上がる。


「っう」


 遊ばれている。

 こちらは全力で逃げているのに、あの悪魔は私を痛ぶって嗤っている。獲物を前に舌なめずりする捕食者の余裕というやつだろう。

 ぐっと女の子は奥歯を噛み締める。

 

(死にたくない、死にたくないよ、誰か助けて)

 

 何度そう祈ったことか、だが誰も助けに来ることはない。

 知っていた。

 この世は無情で、誰かが助けてくれることはない。

 優しい顔を見せることはまずない。

 そんなことは知っていた。

 でも、それでも不幸の直前では祈らずにいられないというのが人間の性質なのだろう。

 女の子は必死に逃げながらも何度も願う。


 だが、現実は非情である。

 追っ手の悪魔の攻撃が、女の子の片足を吹き飛ばした。

 

「ーー!」


 あまりの激痛に声にならないほどの悲鳴を上げる。


(あ、しが、あしがが)


 片足に熱した鉄棒を押し当てたかのような激痛に女の子は蹲り、「ぁ、う、ぁ」と喘ぐ。


「おいおいもう追いかけっこは終わりか?」

 

 にたにたと笑いながら黒い肌の悪魔は、女の子の直前に舞い降りた。


「ひっ!」


 怖いし、痛い。

 どうして、どうして。

 こんな酷い。

 と、女の子は己の運命を呪う。

 

「さてと、くふふ、それじゃあそろそろいいよな」


 じゅるりと悪魔が舌なめずりする。

 ゾッという悪寒が女の子の背筋に走る。

 怖い。怖い!

 でも死にたくない。


 その思いが、死への恐怖が目の前の悪魔への恐怖を超えて幼女の体を突き動かしていた。

 

「!」


 手元に転がっていた木の棒を拾い上げた女の子は、近付いてきていた悪魔の脛に思い切り叩き付けた。

 だが、


「ほほう、まだ抵抗するか。いいねいいね。でも残念」

 

 全く効果はなく、女の子の最後の抵抗も虚しく目の前の悪魔のその両腕の鋭い爪が、彼女の腹を貫いた。


「がふっ!」


 血を吐き出して、ころんと握り締めていた木の棒が女の子の手から滑り落ちる。

 

「人間如き下等種族が魔王軍幹部の私にダメージを与えられるわけないだろう」


 にやりと悪魔は笑い、ずぼりと女の子の柔らかいお腹からその爪を引き抜いた。

 

 次の瞬間だった。


「……え」


 何らかの見えない刃が悪魔の片腕を切断したのは。

 

「な、に」


 悪魔は今起きた現象が全く理解できないようで、虚空に舞う己の片腕を視界の端で呆然と眺める。

 と、そこへ何処からか声が降り注ぐ。


「魔王軍の幹部だと……? お前如き低級悪魔が、か……?」


 吹き抜ける風のように響き渡るその声は、まだ声変わりも済んでないような少年のものだった。

 そして、その声が届くのと同時、ようやく己の腕を切断されたことへの理解が追い付いた悪魔は、「ァァァアアアアアアアア」と悲鳴を上げた。


「腕が、俺の腕が! くそっ、誰だ、クソが!」


 悪魔は失った腕を抑えて、その鋭い目付きでギョロギョロと辺りを睨み付ける。

 と、いつの間にか視界の中に白髪に赤目の少年が立っていることに悪魔は気が付いた。


「!」


 それは本当に「いつの間にか」だった。

 忽然と、元からそこにいたかのように平然とその少年は佇み、その口元に薄い笑を張り付けていた。


(なんだ、あれは)


 悪魔は目を見開き、反射的に一歩身を引いていた。

 目の前にいるのは少年だ。

 華奢で少し強く押せば倒れてしまいそうなほどに線が細く、弱々しいただの少年のはずだ。

 それなのに……。


(ありえない……、俺が恐れている、だと?)


 悪魔は頭を振り、自身の身を蝕みつつある恐怖心を必死に振り払う。だが、どれだけ取り繕ったところで目の前のそれへの恐怖を乗り越えることはできなかった。

 まるで本能的に刻み込まれてるかのように、乗り越えようと考えれば考えるほど恐怖は強くなってゆく。


「お前如き低級風情が魔王軍の幹部を名乗るとは、諧謔にしては些か度が過ぎている。死にたいのか?」


 悪魔はゴクリと息を呑む。

 勝てない。目の前のあれには勝てない。

 もはや逃げることもできないだろう。


 悪魔は再びゴクリと息を呑み、覚悟を決め、ゆっくりと身構える。

 

(魔王様、すいません。あなたの作る世界を見てみたかったが、私はここで脱落です)


 圧倒的な恐怖を抱き、だが、それでも辛うじて戦う意思を見せることができたのは自身の王への忠誠心のおかげだろう。


「ほう、低級風情が己を弁えず俺と戦うか」


 少年は笑い、ゆっくりと両腕を広げた。のと同時、悪魔は一気に少年の元まで詰め寄り、残った片腕の爪を振り下ろしたーー。

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