四天王最弱だけど転生したかも
「これで終わりだ」
人類の希望の光にして彼らにとっての宿敵であり怨敵ともいえる男は、酷く悲しそうにそう言った。
「終わり……だと。ふざけるな、まだだ、まだ俺は戦える」
そして、それに答えるのは全身に刀傷を浴び、致命傷を超えてもはや生きてるのが不思議なくらいの重症の少年。
少年は立ち上がり、全身全霊を込めて吠える。
「俺は魔王軍、四王の一人、ヴァンだ! その俺が、矮小な人間如きに負けるなど……、そんなことあってたまるか!」
自身の命の限界を悟りつつも、しかしそれでも彼は諦めず、認めずに、最期の最後まで強がりを口に出す。
「……いいや、風の王よ。お前の負けだ」
人類の未来の全てを背負う男は、僅かに腰を落とし、その手の剣を引く。
剣を収めたというわけではない。次なる攻撃への、いや恐らくは最後になるであろう攻撃への移行。流れるように自然に動き、目の前の男は一歩で距離を詰め、刹那に少年のーーヴァンの眼前まで迫っていた。
ヴァンは最後の力を振り絞り、その剣戟を迎え撃つ。
「く、そがァあ!」
ヴァンの両手の指先から幾つもの竜巻が生じ、まるで鋭利な爪のように目の前の男に振り下ろされた。
が、男は剣を振り、それを打ち砕き、そのままの勢いでヴァンの体を真っ二つに引き裂いた。
(……これが人間か。はは、まさか、この俺が、人間如きに敗北することになるとは……)
視界が揺らぐ。下半身と上半身が切り分けられて、もはや絶命寸前。本来ならば即死のその状態でも、冷静に思考することが出来るのは、彼が人間ではないからだろう。
彼は悪魔だ。風を司る大悪魔である。
ヴァンは揺らぐ視界のその中心にいる男に、ふっと笑いかける。
「……認めるしかないか。見事だ、人の子よ。俺の負けだ」
見た目の年齢的には目の前の男の方が幾つか年上だ。しかし、実年齢が四桁のヴァンにしてみたら目の前の男は、童に過ぎない。
「だが、この俺を倒したからと安心するではない」
絶望を喰らいながら希望を吐き出す人間の男に、新たな絶望を届ける為にもヴァンは、一つの真実を突き付ける。
「俺は四王の中では最弱だ」
「……なんだと」
男は驚き、そしてその様を視界の中に捉えたヴァンは満足そうに笑う。
「……人類の希望にして我らの宿敵よ。この俺にようやく勝てるようやな貴様の実力では、決して他の四王には及ばない」
それは決して負け惜しみ等ではない。紛れもない事実だ。
今ヴァンを打ち破った目の前の男は確かに強い。本当に人間なのかを疑うレベルで強い。
だが、その程度の力では、自分相手に苦戦する程度の力では残りの四王には勝てない。
それほどまでに他の三人は別格だった。
「ちょっと待てよ。お前も四王なんだろう。そこまで実力差があるというのか?」
くふ、とヴァンはそれに答えようと口を開いた。
その瞬間だった。
「いけないねぇ。敵にベラベラとこちらの情報を話すのは」
ヴァンの視界が一瞬にして暗転したのは。
何が起きたのか分からなかった。
死ぬのは確定的だった。だけど、それでもまだ少しの猶予はあったはず。
それが今、こうして視界が黒く染まった理由はただ一つ。
彼の命が強制的に闇に葬られたということ。
(ああ、そうだったな。すまない)
彼は心の中で謝罪する。
彼は死の直前に目の前の強敵を讃えて、情報を漏らそうとしてしまった。
その無様な行為をきっと誰かが、止めてくれたのだろう。
魔王様か、それとも他の四王のメンバーか。
誰かまでは分からなかったが、でもおかげで彼はそれ以上の情報を敵に話さずに済んだ。
(ふふ、これで終わりか。魔王様、申し訳ございません……、私はもう貴女の力になることができません)
じわりと彼の意識が闇に溶けていく。
懐かしい感覚だ。
数千年前振りの闇の中。
魔族は人間のように肉体が朽ちれば意識が消えるというわけではなく、死ねば闇に回帰する。
そうして次に生まれる時を待つ。
数百年先か、はたまた数千年先か。明確な時は分からないが、人間が負の感情を持つ限りは魔族は不変のものとして在り続ける。
ただ、それは少なくとも数百年は後のことになる。それが本来の魔族の転生までにかかる最短だった。
にも関わらず彼は、気が付いた時には光の中に立っていた。
「……は?」
思わず変な声が出たのも仕方の無いこと。
見たこともない世界だ。
開かれた視界の中に映るのは、林立する木々。重なり合う木の葉に隠された大空。だが、揺らぐ木漏れ日から晴天だということは察することができた。
「なんだここは」
彼は辺りの風景を確かめた後、自身の手を見る。
実体化している。
(どういうことだ。俺は確かに死んだはずだ。もしや生まれ変わったのか?)
いや、と彼は頭を振る。
(それにしては早すぎる。俺が自然に生まれ変わるとしても最短で百年だ。ということは可能性としては、召喚か?)
死んだ悪魔を強引に闇の中から引きずり出す方法がある。
それが召喚魔法。
彼の同胞の中にも何人か使える者はいた。だが、彼ほどの魔族を召喚できるほどの者は、彼が信奉する魔王様くらいのものだろう。
(いやありえない。魔王様ほどの存在が他に居るはずがない)
彼は頭を振り、その考えを即座に切り捨てる。
(なら一体なんだというんだ。まさか俺の転生までの時間を大幅に早めるほどの悪意が、この世界に満ちているというのか)
それも本来のメカニズムではありえないことではあるが、そうとしか考えることができなかった。
勿論、それは魔族の転生のシステム上は有り得ない話ではある。
魔族の転生が数百年かかるのは、一度闇の中に溶けて無に帰した意識が、
人間の負の感情の発生によって徐々に新たな意識へと構築されていくからで、何も負の感情が集まったからと直ぐに生まれ変わることができるというわけではない。
それも彼ほどの強大な悪魔が復活するまでの時間は、それ相応にかかる。
その時間が凡そ数百年というわけだ。
だから悪意の有無だけで転生までの時間が大幅に縮小するなどはありえないことだ。
だからこそ彼が強制的に転生させられたのは何らかの原因があるとしか考えることはできなかった。