ロボットの目
「すこしでも借りを清算しておかないと、俺の気が済まないんだよ。だから、その……俺を殴ってくれ。二発」
クリストファーの言葉に困惑しながら、オリオは首をふった
「おい、クリストファー……おまえ、けっこう面倒くさいやつだな」
「なっ……この野郎、面倒くさいやつとはなんだ。喧嘩売ってんのか?」
「売ってない。売りたくもない。争いごとはアウム相手だけでもうたくさんだ」
「じゃあ、俺を殴ってくれよ」
「いやだ。殴ったら自分の手が痛くなるし、そもそも俺にはおまえを殴る理由がない」
「勘弁してくれ。借りを返させてくれよ。頼む。このとおり!」
クリストファーは両手を合わせて、頭を下げてくる。
「断る。勝手にずっと負い目を感じていろ。それはおまえの事情で、俺の知ったことじゃないからな」
オリオが言うと、クリストファーの表情に怒りの色が浮かび、すぐにあきらめの色に変わった。
「わかった。そこまで言うなら、あきらめる。今回はこれで我慢しといてやろう」
クリストファーは、右手を差し出してきた。オリオはあきれながら、その手を握る。岩のように硬く、そしてあたたかい手だった。
「来年、また会おう」
「来年?」
「三年に一度の操翼士世界一決定戦がある年じゃないか。出るんだろう?」
「まさか。対人空中戦は、もう実弾でいやというほどやってきた。たとえペイント弾を使った模擬戦でも、もうやりたくない」
オリオが答えると、クリストファーは苦笑した。
「まったく……頑固でクールな野郎だよ、おまえは」
「おまえは面倒くさくてガラが悪い」
このオリオの言葉に、クリストファーは爆笑する。
こうしてオリオは、クリストファーとたがいに手をふりあって別れた。世界一決定戦には興味がなかったものの、この戦いで知り合った操翼士たちと会うことができるのならば参加してみるのも悪くはない、と思いながら。
話を聞いていたリツカが、目を細めながらオリオを見た。
「オリオ、わたしが世界一決定戦に出てほしいってお願いしたとき、仕方なく了承したって顔をしてたのに。本当は出たかったのね?」
「出たかったというのとは、ちょっと違います。大会を口実にして、仲間たちと会いたかったということです。もしもカウンターストライクでの出会いがなかったら、たとえお嬢さまの頼みでも大会に出ようとは思わなかったはずです」
リツカは思わず微笑んだ。オリオはどこか他人を寄せつけないようなところがあって、孤独でさみしそうに見えることがある。でも、ちゃんと会いたいと思えるような操翼士仲間がいるのだ。
そのことが、なによりもリツカにとってはうれしいことだった。
「クリストファーって、あの決勝戦の相手の人よね? 日没サスペンドで、二日がかりで対戦した、あの赤いタコの人」
「そうですよ、お嬢さま」
「そんな因縁があるとは思わなかったな。大会から十年以上たっているけれど、それ以降も会ってるの?」
「チノに行くことがあった折に、何度か。小規模なハンマーストライクに参加したこともありますし。あの日の怪我がもとで操翼士をやめてしまったユイ姉とは会えていませんが。でも、わたしはもう何年もヤマウチ領を離れていないので、ずっと会っていませんね」
「また会いたい?」
「そうですね。今回のチノ行きでは、ひょっとしたら彼らと会えるのではないかと期待はしていたのですが——しっ。向こうから誰か来ます」
オリオが言うのと同時に、ケニチたちがすばやく射撃態勢に入った。
通路の奥のほうで、明かりが動いている。こちらのライトを反射しているそれは、まるで生き物の目のようだった。
リツカは、それを見たことがある。
「あれは、ロボットの目?」
「おそらく、そうでしょう。注意してください」
状況の推移を不気味に見守るゴー・スズキ。
そのひそかな企みが、徐々に形をとりはじめる。
次回『魅力的なプラン』を、ぜひお楽しみに。




