俺が死ぬべき
飛び出した瞬間、オリオは自分の失敗を悟った。
アウムの機銃が自分に向けられていたのである。アウムはこちらの戦術を学習して、オリオが次にどういう行動をするのか正確に予測していたのだ。
とっさに身を投げ出して、地面のわずかなくぼみに転がりこむ。近くの地面に、機銃弾が撃ちこまれた。かろうじて身を隠すことのできるスペースがあったために、どうにかオリオは無事だったが、まったく身動きができない。
アウムは左右の機銃をそれぞれクリストファーとオリオに向けて撃っているために、クリストファーも身動きができないようだった。
アウムがもっと接近してきたら、身を隠しているわずかなスペースも意味がなくなるだろう。どうにかしなければ、と気ばかりあせるものの、わずかでも動くと機銃弾が撃ちこまれてくる。数発が体をかすめて、ひりつく痛みを残していた。
だめだ、動けない。
オリオは進退きわまっていた。
「あんた! わたしのかわいい弟たちに、なにやってくれてんの!」
視野の隅で、ユイが叫びながら飛び出すのが見えた。
アウムの機銃の音がしたが、オリオの身近には着弾していない。
「ユイ姉! やめろ!」
オリオは我を忘れて立ち上がる。アウムは機銃をユイに向けて連射していた。ユイに弾が当たったらしく、衣類のかけらが飛んだように見えた。それでもユイはアウムに駆け寄って取りつき、機銃を持つアームをつかむ。
オリオはニードルガンに駆け寄ると持ち上げ、ユイに当たらないように気をつけながらアウムを撃った。クリストファーも撃っている。アウムのアームから機銃が脱落した。
オリオはさらにアウムに接近しながら、ニードルガンを撃ちこむ。
ニードルガンが中枢を破壊したらしく、ようやくアウムは機能を停止した。
脱力したアウムからユイが離れて、その場に倒れこんだ。
「ユイ姉!」
オリオはユイに駆け寄る。
「オリオ……」
ユイが力なく右手をふってきた。しかし、どこか様子がおかしい。オリオはユイの体を抱き起こそうとして、絶句した。
ユイの左肘から先が、なくなっていたのだ。
「ユイ姉、その腕……」
「どこかに落としてきちゃったみたいだね……ふふふ」
ユイが力なく笑う。オリオはベルトを抜くと、止血のためにユイの上腕をしばりあげた。
「こんな無茶して、どうするんだよ。俺なんかを助けるために、こんなことを。撃たれるなら、俺が撃たれるべきなんだ。死ぬなら、俺が死ぬべきなんだ。俺なんかのためにユイ姉が——」
「オリオ。自分を卑下するのはやめなよ。オリオ『なんか』じゃない。オリオ『だから』わたしは自分の身の危険をかえりみずに助けたいと思ったんだ……」
ユイは目を閉じた。
そのままユイが死んでしまいそうな恐怖におそわれて、オリオはユイの体を揺する。
「死ぬな! ユイ姉!」
ユイは目を閉じたまま、微笑んだ。
「……うるさいなあ。傷に響くよ。まだ生きてるから、静かにして」
「わかった、静かにする。なんでもする。だから死なないでくれ、ユイ姉」
「なんでもする?」
「ああ。なんでも、だ」
「じゃあ、今後一切、自分の命を粗末にする言動は禁止ね」
「わかった。その程度のこと、ユイ姉が生きていてくれるなら、いくらでも約束する」
「あとはね……」
「あとは? なんだ?」
ユイは目を開けると、静かに言った。
「キスして」
オリオは混乱した。この状況でキスをするということが、どうにも理解できない。
「……わかった。生きて帰ったら、キスでもなんでもしてやる。だから、死ぬな」
ユイは目を閉じ、苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
「今じゃないのね。オリオは女心がわかってないな……」
その後、オリオは空から援護に来てくれたレイチェルに再度着陸するように指示をした。重傷のユイをはやくチノへ連れ帰って治療を受けさせるためである。
クリストファーはニードルガンを杖がわりにして立ち、なにやら思案している。
「どうした、クリストファー。一緒に行こう。その足も、はやく医者に診せたほうがいい」
オリオの言葉に、クリストファーは首を横にふった。
「いいや。俺はここに残る」
一人で出入口を守ると言い張るクリストファー。
オリオは不屈の男の矜持を目の当たりにする。
次回『アウムの素材』をお楽しみに。




