生き埋め
「そう目の敵にするな、ノリコ。この状況では協力したほうがいいことは、彼らもわかっているさ。そうだろう?」
ノリコの肩を叩きながら、ソーマは言った。
「それはそうですが——」
ソーマは、ノリコの心情を理解しているつもりだった。ヒカリとノブを配置した場所が崩れて、二人は流された。ノリコは何も言わないが、自分の責任だと感じているのだ。だから、これ以上誰も失わないように、気を張っている。
だが、過剰な警戒は相手の敵意をあおってしまう。警戒するのはノリコに任せて、ソーマは警戒心を最小限におさえて彼らと接することにした。
ソーマはぬかるむ斜面を苦労して下りると、ゴーに手を差し出した。
「よろしく、ゴー」
ゴーは苦笑いしながらソーマの手を握った。力強い手だった。
「どうも、ソーマ社長」
「よろしく、クロード」
今度はクロードに手を差し出す。クロードは豪雨でかき消されてしまう程度の小声でなにやらつぶやきながら、ソーマの手を握った。こちらはおざなりで弱い握りかたである。表情にとぼしく、何を考えているのかわかりにくい男だった。
「さあ、行きましょう」
ノリコの声で、一同は歩きはじめる。
また雷が鳴ったが、すこし距離が遠くなった気がした。
ソーマは空を見上げる。心なしか、叩きつけてくる風雨が弱まってきたように感じられた。
オリオは雨宿りをしていた。
そこは外の風雨が吹き込んでくることもなく、荒天を避けるという意味では快適な場所である。この辺りならばどこにでもあると流民たちが言う「洞窟」の壁を、オリオはライトで照らして見ていた。壁も床も、硬質のセラミックでできている。この人工的な空間は、オリオの警戒感を刺激し続けていた。オリオはかつて、このような施設に入ったことがあるのだ。破壊し、その活動を停止させるために。
ここは、アウムを製造する自動工場の跡に間違いなかった。
「オリオ」
ケニチに呼びかけられて、オリオは顔をあげる。手招きをしていた。オリオが近づくと、ケニチは無言でライトを壁に向けた。
GMEC。
四文字がデザインされたロゴマークが刻印されている。
ジーメック。正式名称はジェネラル・メカニック社で、大戦中にアウムを開発した企業として知られている。大戦も終盤になると、ロップによる無線通信の途絶、敵アウムの攻撃による有線通信の寸断が相次ぎ、工場へアウムの製造を指示することも困難となっていた。そこでジーメックは、製造計画の立案から実際の製造、出撃、戦況分析、機体の回収とメンテナンス、改良など、工場機能のすべてを人工知能に委ねて完全に自動化したのである。
かつては稼働中の自動工場が多く残り、アウムを放ち続けていた。そうした自動工場を停止させるための攻撃作戦に、オリオも参加したことがあるのだ。その戦いは過酷を極め、多くの操翼士や兵士たちが命を落とした。オリオにとっては暗く悲しい記憶である。
「もう死んでいる工場なのかもしれないが、あまり気分のいいものじゃないな」
ケニチがため息混じりに言った。
「死んでいるとは限らないぞ、ケニチ。眠っていて、再稼働するきっかけを待っているだけかもしれない」
「そりゃぁおっかねぇ。触らぬ神にたたりなし、だな。じゃあ、暇つぶしに『洞窟』の探検をするのはあきらめて、テツに稽古でもつけてやるか」
ケニチはおどけた表情で言うと、流民の若き頭領を探して立ち去る。
オリオはケニチを見送ると、暗い通路の奥をにらみながら警戒を続けた。
ヒカリは目を開けたつもりだったが、なにも見えなくて混乱した。目を開けても閉じても、真っ暗なままなのだ。
あわてて手を動かそうとしたが、手も動かない。しかし、感覚はある。うつぶせの状態で、なにか重くてねばついたものに埋もれているのだ。
そこで、不意にヒカリはすべてを思い出した。
ヒカリは土砂崩れに巻きこまれた。
するとここは、土砂の下……。
どうして生きてるの? なんで息ができるの、いつまで息ができるのどうやったら抜け出せるのノブはどこにいるのどうして——。
急速にこみ上げてきた恐怖でヒカリはパニックになり、絶叫した。
「いや! いやぁぁぁぁぁーっ!」
土砂の下で気づいたヒカリ
希望の光は見えるのか?
次回、「奇跡的な偶然」もお楽しみに。




