ごちそうは目の前
「お客さんがお見えのようだな」
スタン・ロッドを構えたオリオはそうトムに告げると、敵の気配に意識を集中した。正面で姿を見せた流民は、おとりである可能性が高い。となると……。
オリオは岩の背後から回り込んできた流民の首筋をスタン・ロッドで打ちすえる。高電圧がほとばしり、流民は失神して声もなく崩れ落ちた。
振り返ると、トムの横からも流民が近づいてきていて、トムともみあっている。オリオはトムの肩ごしに流民にスタン・ロッドを押しつけ、打ち倒した。すぐさま振り返ると、背後から近づいてきていた新手を牽制した。
流民の数が多い。
疲れた様子のトムのために休憩したのが裏目に出てしまったようだ。
「ごちそうは目の前だぞ! ひるむな! かかれ!」
女のしゃがれ声が響く。
ごちそう、か。
オリオは暗い気分になった。この流民の部族は、他部族の人間を食べて飢えをしのいでいる人食いなのだ。よりにもよって、最悪の連中に見つかってしまったようだ。
オリオはトムと組み合っていた新たな流民を打ち倒し、トムを激励した。
「トム、敵に接近を許すな。こいつらの晩飯になりたくなかったら、もっと死にもの狂いで戦うんだ」
スタン・ロッドの扱いには不慣れな様子のトムにもっとアドバイスをしたいところだが、オリオ自身にもそんな余裕はなかった。次々と近づいてくる流民を打ち倒すので手一杯である。
「オリオ!」
トムが悲鳴を上げる。流民二人がトムに組みついていて、そのうち一人はトムの腕を噛んでいた。オリオはトムを噛んでいた流民の顔面にスタン・ロッドを突き入れると、さらにトムに組みついていた流民も打ち倒した。
そのオリオの背後から、別の流民がしがみついてくる。獣じみた流民の体臭に耐えながら、オリオはスタン・ロッドを逆手に持って背後にいる流民を突いた。振り返りざまに、近づいてきていた流民をさらに二人打ち倒す。
しかし、このままではらちがあかない。
トムが倒れて敵が殺到したところで、オリオは一人で流民の包囲網の手薄な場所を突破する、という作戦が一瞬だけ脳裏に浮かんだが、理性がそれを拒絶した。トムを見殺しにして一人で逃げるなど、とんでもない話だった。
すでにオリオの両手は、多くの仲間の血で汚れているのだ。これ以上だれかの命を踏み台にして見苦しく生き続けるよりも、いっそ流民たちに食われてしまったほうがいい。
オリオは腹をくくった。
もちろん、簡単に食われてやるつもりはない。死ぬまで大暴れしてやる。
「かかってこい、この人食いどもめ!」
流民の女頭領カワは、味方をかばいながらも懸命に戦っている大男に見とれていた。
強くたくましい体が、躍動している。
すばらしい。さぞかしうまい肉だろう。
しかし、一筋縄ではいかないことは、ここまでの状況から考えて間違いない。作戦を考えなくては。ああいう責任感の強い男をからめとる作戦を……。
「待て!」
カワは部族の者たちに命令を出した。
全員が、二人の定住民を囲んだ状態で動きを止める。カワは身近にいた一人に作戦を告げた。その男が別の男に作戦を耳打ちして、ささやきが味方に広がっていく。
命令が全員に行き渡るのを待つついでに、カワは大男に呼びかけてみた。
「そこのあんた。多勢に無勢で勝ち目はないよ。そのビリビリ棒には、制限回数があるんだろ? そろそろビリビリが切れる頃だ。もういいんじゃないかい? 降伏するなら、生きたまま食べるのだけは勘弁してあげるよ」
「黙れ外道。すぐにそこまで行ってお前の首をへし折ってやるから、待っていろ」
大男はすごんでくる。なかなかの迫力だった。
「なら仕方がないね。よし、全員かかれ!」
カワの作戦を受けて、配下の者たちは大男ではなく弱い男のほうに殺到した。男を引きずり倒し、大男からひきはなす。
「トム!」
大男が仲間を呼ぶが、もう手遅れだった。
仲間を助けようと大男が無理をしたところに、配下の者たちが飛びかかる。六人が打ち倒されたが、ついにビリビリが切れて大男は地面に押し倒された。
やった。
カワは小躍りして手をたたいた。
「よし! みんなよくやった! 二人をここに引ったててきな!」
とうとう人食い流民に捕らえられてしまったオリオとトム。
生きたまま二人を食べようとする流民たちの凶暴な手が迫る……。
次回『この世界はクソ』にご期待ください。




