追放された棄民
アメは、ぼんやりとした意識の中で周囲を見回していた。
知らない顔が並んでいる。
誰だろう?
あまり日に焼けていない白い顔は、定住民たちの特徴だった。
定住民?
不意に記憶がよみがえってきて、アメは慌てた。空から飛行機が落ちてきたのだ。おそろしかったが、もう三日間なにも食べていなかったアメは、飛行機の中に食料がないか探そうと思って近づいた。そこで急に……何が起きたのかはわからないが、最後に記憶しているのは右胸の上のほうに感じた強烈な痛みだった。まだ胸から首と肩、下は脇腹のほうまでしびれが残っている。
噂にだけは聞いたことがある。これが、定住民が使う銃弾『びりびり』なのか。つまり、アメは落ちてきた飛行機に乗っていた定住民に捕まってしまったのだ。
逃げなければ。
そう思ったが、アメは壁際にいて、周囲を定住民たちに囲まれていた。空腹で衰弱した体では、とても突破できそうにない。
周りにいるのは男二人、女二人。その視線がこわくて、アメは体を縮こまらせた。
「こわがってるわ。わたしが話すから、みんなすこし下がってて」
女が微笑みながら近づいてくる。透き通るような白い肌と、水面のようにきらきらと光る目がとてもきれいだった。それに、穏やかで包みこむような笑顔。きっとこの人はいい人にちがいない。
「わたしはリツカ。あなたは?」
リツカ。ふしぎな響きの名前だった。アメは答えた。
「アメ。なにか食べるものをちょうだい」
リツカはにっこりと笑うと、仲間の男を振り返った。
「ノブ、荷物から携帯食料を出してくれる?」
ノブと呼ばれた男が顔をしかめた。
「貴重な食料ですよ。流民なんかにくれてやるのは——」
「この子は『流民なんか』じゃない。アメという名前の、ちゃんとした人間よ。だからそんな言い方をしないで」
リツカはノブをにらみつける。ノブは困ったようにもうひとりの男を見た。
「ソーマさま。いいんですか?」
「食料を出してやれ。わたしもアメの話を聞きたい」
どうやら、この中でいちばん偉いのはソーマという男らしい。ソーマに言われて、ノブが荷物の中からちいさな包みを取り出す。リツカはその包みから一枚の薄茶色の板を抜くと、アメに差し出してきた。
アメはおそるおそる受け取った。薄い板は見た目よりも重く、その表面はざらざらとしている。
本当にこれが食べ物なのだろうか?
アメは板のにおいをかいだ。かいだ経験のないふしぎなにおいがするが、いやなにおいではない。端っこをかじってみた。
やや固いが、信じられないほど甘いかたまりが割れて口の中に転がり込んできた。しかも、口の中で唾液を吸ってどんどん膨らんでいくではないか。
おいしい。
ひさしぶりの食べ物に、頬がきゅっと痛くなる。
それでも、おいしい。
アメは板を次々とかじり、飲み込んでいった。
「それで、アメ。あなたの部族の仲間は、どこにいるの?」
そのリツカの質問は、アメを悲しい気分にさせた。
「どこにもいない」
「どういうこと?」
「あたしは禁忌をおかして追放された棄民だ」
「禁忌をおかしたって、どんな?」
「聖域に入ったんだよ」
「……聖域って?」
定住民というのは、そんなこともわからないのか。
アメはおいしい板をリツカからさらに一枚もらうと、かじりながら答えた。
「聖域は聖域だよ。ほかに説明のしようがない」
「聖域には、なにがあるんだ?」
「聖域にあるものは遺物に決まってる。あたしは聖域である『じいめくの大洞窟』に忍びこんで、遺物を盗んだのよ」
ヤマウチ家一行はアメをともない出発することに。
一方オリオとトムには、凶暴な流民の魔の手が迫っていた。
次回『ジーメックの大洞窟』もどうぞお楽しみに。




