火種
シオンは、滑走路の端に座ってぼんやりとしているケニチの前に立った。
ケニチは生気のない目をシオンに向ける。
「隊長……」
ケニチに元気がないのは当然だった。トモは頭を撃たれて路上で、ソータは刺されて病院に運ばれる途中で、コースケは首を撃たれてケニチの腕の中で、それぞれ命を落としたのだ。四人いたケニチの直属の部下は、シオンひとりだけになってしまった。
「おれを心配して来てくれたのか? お前は優しいやつだな、シオン」
わたしは優しくなんかない。弱いんだ。
シオンは唇をかんだ。
「お前が相手だから弱音をはくぞ、シオン。俺は隊長失格だ。兵力を分散したことが、今度の苦戦につながった。ソータの死も、トモの死も、他の兵士たちの死も、全部が俺のせいだ。コースケにいたっては、俺を守るために死んだ。……俺が……かわりに死ねばよかったんだ……」
しぼり出された悲痛なケニチの声に、シオンは心が引き裂かれてしまいそうだった。見ると、ケニチの目からは涙があふれだしている。ケニチが泣く姿など、はじめて見た。
シオンは反射的にケニチを抱きしめた。
部下の命に責任を持たなければならない隊長の重圧は、よく理解できる。しかし、ケニチ以上の隊長を、シオンは知らない。そもそも、トモとソータの死にはシオンにも責任があった。
シオンの目からも涙があふれる。
二人は抱き合ったまま、声も出さずに泣き続けた。
「敵の撃退に成功したのにヤスダを放棄するなんて、どうかしています」
ソーマにそう言ってかみついているのは、輸送機の操縦士であるレオ・コズロフだった。リツカは、普段あまり感情を表に出すことのないレオがこれだけ感情をあらわにしていることに驚きながら、二人の会話に注目していた。
「損害は大きい。次に襲撃があったら戦線を維持できない。ヤスダの防衛のためにこれ以上の死者を出すことは避けたい」
「だからって、どうするんですか。ここは重要な生産拠点ですよ。人口も多い。ここを失ったら、ヤマウチ・エンタープライズは立ち行かなくなります」
「社員を死なせなければ維持できないなら、そんな会社などつぶしてしまったほうがよっぽどいい」
ソーマが言い放つ。
リツカは内心で感心していた。これまでは父の陰に隠れて気弱に見えていた兄が、思いのほか芯の強いところを見せている。
まだ反論したそうにしているレオに、ソーマは微笑みかけた。
「わたしのこの判断が、絶対に正しいと言い張るつもりはないんだよ、レオ。現状、どの選択肢にもメリットとデメリットがあって、正直わたしも迷っている。だから、ヤスダを放棄するという選択の中にわたしが見落としている重大なデメリットがあるなら、指摘してほしい。でも、そうでなければ、わたしの判断は変わらない」
レオは不満そうだったが、議論をする気が失せてしまったようで、押し黙ってしまった。
「オリオ、何か意見は?」
「ヤスダの住民は、見捨てられたと感じるでしょうね。将来アサオ家との争いに決着がつき、ヤスダを取り戻せたとしても、その負の感情は火種となって残りそうです。わたしが気にするのは、そこだけです」
オリオは静かに言った。
「それもわかる。だが丁寧に説明をしていくしかないだろうな。ケニチは何かあるか?」
「おれはソーマ社長に全面的に賛成だ。なんたって、人間は生きててなんぼさ。さんざん撃ち合いをやって敵を殺し、味方も殺された。これ以上の死人には、おれのガラスのハートが耐えられそうにない」
ケニチはにやりと笑いながら言った。そのおどけた口調につられて、何人かが笑う。
しかしリツカは、ケニチが冗談めかしながらも本音を言っているらしいことを敏感に察知していた。
それにしても、ケニチは本当にすごい。緊迫していたこの場の空気を、たった一言で変えてしまった。
リツカはあらためてケニチを見る。
四人いた部下を三人まで失った心の痛手は、とても大きいはずなのに。それをまったく見せないケニチのたくましさは、尊敬に値する。すでに、ヤスダの守備隊から三人、自分の部隊に補充するメンバーの選抜も済ませたという。
本当に強い人とは、こういう人のことを言うのだろう。
リツカは心から感心して、ケニチを見つめた。
「よし。では、いいかな」
ソーマは手を打ち合わせて、その場にいた全員の注意を引いた。
「すぐに移動を開始しよう。いったん屋敷に戻って準備をしてから、アサオ家の非道を訴えるために首都のチノへ向かう。全員、出発だ」
立て直しをはかるヤマウチ家だったが、自らの内部に火種を抱えてしまう。
不穏な空気をはらみながら、さらなるアサオ家の攻撃が襲いかかろうとしていた。
次回、新章に突入! ご期待ください。




