アウム接近
「何人でここまで来たんだ?」
カレンのことを思い出して、ジュンは胸をえぐられるような思いだった。
「全部で八人だったが、三人がつかまった」
「すまない。おれたちがもうすこし早く駆けつけられていたらよかったんだが」
ケニチが本気で悔しそうな顔をしているのを見て、ジュンは驚いた。ケニチが謝らなければならないようなことはなにひとつないのだ。ジュンたちが勝手に脱走してきただけで、ヤマウチ・エンタープライズ側がそれを助ける義務はない。
こういう情のあつさは、ミヤマ領では経験したことがなかった。それだけでも、ヤマウチ社長の人柄がうかがえるような気がする。
「ソーラーカーには運転手と狙撃手、それにあんたら五人と捕虜三人を乗せるのが精一杯だ。おれたち三人は徒歩になるので、ソーラーカーも徒歩の速度で進むことになる。悪いが、あと半日だけ辛抱してくれ」
「ああ。ありがとう。こっちこそ迷惑をかけてすまない」
ジュンが頭を下げると、ケニチは豪快に笑ってジュンの背中をたたいた。
「『情けは人のためならず』がうちのボスの口ぐせなのさ」
ジュンは首をかしげた。その言葉は、相手がみずからを鍛えて弱さを克服する機会を奪わぬように、あえて情けをかけないようにすべき、という意味である。
そのジュンを見て、ケニチはにんまりとした。
「大昔の意味は、ちがったらしいぜ。いつか自分に返ってくるから、人には可能な限り情けをかけておけ、という意味なんだそうだ。そう考えると――」
「隊長! 流民が接近してきます!」
緊迫した声がケニチの言葉をさえぎった。
ケニチの部下が、南の方角を指している。丘陵地から、人の集団がくだってきていた。
人数は……二十人、三十人、いや、さらに多く姿をあらわした。統制も作戦もなく、こちらを見つけて思い思いに走りだしている。
ケニチが号令をかけた。
「相手が多すぎる! 移動開始だ。急げ急げ! コースケ、信号弾を撃ち上げろ。流民に遭遇、戦闘不可避、救援求む。黒、赤、赤だ!」
ケニチの息があがってきた。
部下たちはまだ平気なようだった。
ちくしょう、歳はとりたくないな……。
ケニチはうしろをふり返った。追ってくる流民の先頭は、ずいぶんと近づいてきた。こちらが止まれば、五分と経たずに追いつかれるだろう。もっとも、走り続けていても、どこかで必ず追いつかれる。
かつては流民にもいろいろあり、ジュンが属していたような穏健な集団もいた。しかし、流民同士の争いで淘汰されてしまい、今残っているのは極度に暴力的な集団がほとんどだった。強姦、殺人は当たり前。もっともうんざりする話は、つかまえた人間を生きたまま食うというものである。
想像するだけで気分が悪くなる。
おそらく、ジュンたち一行の足跡を見つけ、いい獲物がいると追ってきたにちがいない。
ケニチはソーラーカーの後部で狙撃にそなえているシオンを見た。シオンはゆれる車上で狙撃銃を構えている。
シオンはケニチに首をふってみせた。
ゆれる状況では、狙撃は無理ということだろう。
「隊長! 三時方向を見てください!」
トモが悲痛な声をあげた。
今度はなんだ。ケニチは右に目を向けたが、荒野が広がっているだけに見える。
「なにも見えないぞ」
「廃墟のすぐ左です」
ケニチは目をこらした。
荒野には、かつて都市だったものの残骸があちらこちらに残っている。ケニチは少年時代に一度だけ、まだ生きている都市というものを見たことがあった。かつての首都、トーキョー。陽光を反射して輝く巨大な建造物は、驚嘆に値するものだった。しかし、その当時ですら、海水面の上昇や渇水と砂漠化、人口減少によって放棄された都市がほとんどだったのである。その後の戦争によって、わずかに残った都市はトーキョーを含めてほとんどが破壊されてしまっていた。
そんな都市の残骸の、左。
見えた。
黒いなにか。土煙をあげて、まっすぐこちらに近づいてくる。
よそのソーラーカーか? それとも……。
ケニチは双眼鏡を土煙に向けた。なめらかなボディに、左右に飛びだした長い脚とアームが見えた。
アウムだった。
大戦時に開発された、自律式の無人兵器である。すでに大戦が終結して二十年以上がたつが、制御を失った暴走アウムは今でもまれにあらわれて、破壊の限りをつくしていく。
「アウム接近! 全員、徹甲弾を装備! コースケ、信号弾だ! 赤三連発!」