危険な運だめし
まずい。
ケニチ・サトーは、打ち上げられた紫の信号弾を見上げて、思わず舌打ちをした。
この信号弾は、敵の集結をうながすものだ。位置からすると、すでにヤスダのかなり内側まで入りこまれているようだ。
味方は九班の三人と、コースケだけである。人数でまさるゴー・スズキとその配下たちに手を焼きながらもやや優位をたもてているのは、味方の武装が充実しているおかげだった。しかし、侵入したアサオ兵が来たら、この優位は一気にくずれる。一刻もはやくゴーとその配下を無力化しなければならないのだ。
かと言って、どこから敵の別働隊があらわれるかわからないので、ヤスダの八方に展開させている味方を呼び寄せるのは危険だった。ここは、限られた人数で対処するしかない。
「よーし、お前ら。これからお前らに手柄のチャンスを作ってやるぞ。俺が敵に身をさらしておとりになるから、俺を狙って顔を出した敵をよーく狙って撃てよ。できれば、俺が撃たれる前にな」
ヤスダの三人の兵士は驚いた顔をしたが、コースケだけが不満顔をした。
「隊長、おとりならおれがやります」
「バカ言え。俺の射撃がいまいちなのは、お前が一番よく知ってるだろう? それに、おれみたいな大物のほうが、敵の目をひくからな。なに、心配するな。俺は幸運の女神に愛されてるんだ」
「……了解、隊長」
コースケは不満顔のままだったが、それでも銃を構えて射撃の体勢をととのえた。三人の兵士もそれにならう。
よし、やるか。
ケニチは無造作に立ち上がると、腕組みをして敵に笑いかけた。
「おーい、へたくそー! 弾を当てられないなら、銃なんか持ってる意味がないだろう。 悪いようにはしないから、投降しろ!」
敵陣から銃声がしたが、その銃弾はケニチの体からは程遠い場所を通過していったようだ。交戦中からわかっていたことだが、やはり敵の射手はうまくない。
かといって、まぐれ当たりということもある。できればこういう危険な運だめしはしたくなかったのだが、こちらもそれだけ追いこまれているということだった。
「おれは返事を待ってるんだぞ。出てきて投降しろ!」
ケニチが呼びかけると、その返事のようにまた銃声が響いた。今度は、銃弾が空気を切り裂く音が近くで聞こえた。
ケニチは立ったまま大あくびをして見せる。
「なんだ? 返事が聞こえないぞ?」
ゴー・スズキは歯ぎしりをした。敵の指揮官は、こちらの銃撃の下手さをおちょくっているのだ。
こちらに身をさらして、あくびをして見せている。
「なんだ? 返事が聞こえないぞ?」
敵の指揮官あ余裕たっぷりに言い、今度は鼻までほじくりはじめた。
「この野郎、もっとちゃんと狙わねえか」
ゴーが叱りとばしたならず者が、小銃を構えて身を乗り出す。とたんに敵から銃撃があり、身近で跳弾した。
「ちくしょう、目が!」
跳弾で飛び散った石材の破片かなにかが目に入ったらしく、男が悲鳴をあげた。
ちくしょうめ。指揮官をおとりにして、こっちを狙っていやがる。
ゴーは目を痛がって泣き叫ぶ男から小銃を取りあげると、控えていた他のならず者たちを見た。
「おい。誰かあの野郎を撃ち殺せるやつはいないか? 射撃の腕に自信のあるやつは?」
一人の男がゆっくりと手をあげる。
表情がとぼしく目立たない男だった。名前はたしかクロードだったか。
「自信はあるのか?」
「元兵士で、狙撃手だった」
「どうしてこれまで言わなかった?」
「べつに。聞かれなかったから」
このクソ野郎め……。
ぼそぼそとつぶやくように言うクロードを殴りつけてやりたい衝動に駆られたが、ゴーはその感情を飲みこんだ。
「よし、やれ。必ず撃ち殺せ」
ゴーは小銃をクロードに渡しながら言った。
小銃を手にしたクロードは、かすかに笑ったようだった。
「この距離なら二発でじゅうぶんだ。一発撃って照準を調整、もう一発で仕留める」
みずから敵に身をさらしたケニチに対して、敵の狙撃手の魔手が迫る!
ヤマウチ家、アサオ家の運命をかけた銃弾のゆくえは?
次回『反撃開始』をお楽しみに。




