卑怯者
「いいだろう。でも、俺は手加減が下手なんだ。死んでも知らないぜ」
野蛮な笑みを浮かべたキミオを見ながら、ケニチは表情を崩さなかった。ケニチの背後では、やる気になっているコースケの気配を感じる。
「コースケ、キミオは手加減が苦手なんだそうだ。お前も本気でやっていいぞ」
振り返ってコースケに声をかける。コースケはトレードマークの長髪をまとめて結びながら微笑んだ。
「了解、隊長」
「よし。好きなタイミングではじめろ」
ケニチは後退して、二人に場所をゆずった。
コースケは余裕のある笑顔のままでキミオに手を差し出した。
「よろしく、キミオ」
しかし、キミオは無言でその手をつかむと、コースケを引き寄せてその顔面に拳をたたきこむ……が、コースケは間一髪でそれをかわした。
今のは危なかった。ケニチは思わず苦笑する。
コースケのやつめ、試合前に握手を交わすなんて余裕を見せているからだ。
しかし、当のコースケはすべて織り込み済みだったようである。慌てることなく、自分の手首をつかんで放さないキミオの懐に飛び込むと、見事な一本背負いを決めた。
地面に仰向けになったキミオに対して、コースケの攻勢は止まらない。流れるような動きで腕をとり、十字固めに入る。
見事だ。
コースケの指導をしたケニチも思わず見とれるほどの技の切れ味だった。今まともにやりあったら、ケニチもコースケには勝てないだろう。
キミオの腕は伸びきり、ひじが逆に曲がりそうになっている。キミオは野獣のように吠えてしばらく耐えていたが、やがてしぼりだすように言った。
「ギブアップだ……」
コースケがキミオの腕を放して、涼しい顔で立ち上がる。一方のキミオは、地面
の上で半身を起こしたものの、腕を抱えて顔をしかめていた。
「また手加減しやがって」
ケニチが言うと、コースケは首を傾げた。
「あれ、そっちの意味でした? 本気でやれって隠語は、手を抜けってことでしたよね」
「バカかお前。状況を考えろ」
コースケが苦笑する。
「次から気をつけますよ、隊長」
ケニチはコースケと他愛のないやりとりをしながら、わざとキミオの前に背を向けて立った。この状況でキミオがどのような行動するかによって、今後の処遇が決まる。これは、いわばテストだった。
気配を感じて、ケニチはしゃがみこむ。
キミオの大きな拳が、ケニチの頭上を通過した。
やはり、こうなるか。
ケニチは残念な思いをかみしめながら、キミオと正対した。
「どうした? 勝負はついたはずだが」
「代理を使った勝負なんて、俺は認めない。あんたと俺で勝負だ」
キミオはうなりながら突進してくる。
ケニチは前蹴りでキミオの突進を止めた。前蹴りはキミオのみぞおちに入ったはずだが、ぶあつい筋肉にはばまれたのか、大きなダメージは与えられなかったようだ。
「仕方がない。軽く相手をしてやるよ」
ケニチは言うが早いか、キミオの左脚に鋭い蹴りを放った。膝上の外側の、いちばん効く場所に蹴りが命中する。キミオにとっては不幸なことに、ちょうど左脚に体重をかけた瞬間だった。キミオの膝が一瞬だけ横に曲がる。
キミオが苦悶の声をあげながら倒れ、四つん這いになった。
ちょうどいい高さに、キミオを顔がある。ケニチはキミオの無防備な顎に、鞭のような蹴りを打ちこんだ。キミオは瞬時に意識を失って、倒れこむ。
勝負は、決まった。
キミオのテスト結果は失格だ。後ろから攻撃してくるような卑怯者に用はない。
ケニチは気をとりなおして、兵士たちに呼びかける。
「よし、お前ら! 今から俺がお前らの指揮官だ。俺のことは隊長と呼べ。いいな?」
ちいさくまばらな返事が返ってくるだけだった。
「声が聞こえんぞ! わかったなら『了解、隊長』と聞こえるように言え!」
兵士たちの中から、「了解、隊長」という声がばらばらと上がる。
まあ、最初はこんなもんだろう。
とにかく、今はそれぞれの兵士の特徴を把握するのが先だった。
忙しくなるぞ——。
そうケニチが思った次の瞬間、ノザワの上空に信号弾が上がった。
煙の色は、赤。
空から警戒にあたっていたオリオが敵対的ななにかを発見したようだ。
アウムの襲撃があったのは、まだ昨日のことである。どうやら幸運の女神は、今日もケニチに試練を与えることにしてくれたようだ。
「野郎ども、武器をとれ! ノザワを守るぞ!」




