騎兵隊の到着
「つかまっても、わたしはミヤマ領に連れ戻されるだけよ。あなたには、みんなをヤマウチ領に連れて行く使命があるでしょう?」
カレンの言葉に、ジュンは唇をかんだ。
荒野にひとり置き去りにすることは、通常ならば死を意味する。しかし、追っ手が来た今は事情がちがった。置き去りにしても、追っ手につかまってミヤマ領に連れ戻されるだけだ。命の危険はないだろう。しかし、連れ戻された脱走者は、見せしめのためにひどい扱いを受けるのが通例だ。ミヤマの領主は、つかまえた脱走者の顔にロゴマークの焼印を押すことで知られている。
「だめだ。行けるところまで一緒に行こう」
「ジュン! なにをしているの!」
先を行くエリナから声がかけられる。
「お願い、置いていって」
カレンが懇願する。
「いやだ。二度と言うな」
ジュンは妻の体を抱き上げると、歩き出した。軽いはずのカレンの体が、消耗したジュンにはひどく重く感じられた。
歯をくいしばってジュンは歩きだす。カレンはその首筋に顔をうずめると、ちいさく鼻をすすった。
荒野を疾走するソーラーカーの上では、ケニチ・サトーが双眼鏡をのぞいていた。東南の上空で旋回していた輸送機は、ゆっくりと降下をはじめている。
ケニチは双眼鏡から目を離した。
「あの輸送機のロゴは、ミヤマ・ホールディングスのものだ。脱走者を探しているんだろう。いや、あの感じだと、もう見つけたな。コースケ、ロップ濃度確認!」
長髪の若い隊員が計器に目を落とす。
「ロップ濃度、レベル4。通信不能レベルです」
まあ、そうだわな。
ケニチは苦笑した。先の大戦中に大量散布された電波妨害粒子――通称『ロップ』は、今も無線通信をほぼ不可能にしていた。通信可能なレベルにまでロップ濃度が低下している場面に遭遇することもあるが、月に数度あればいいところだ。むろん、この場のロップ濃度が低くても、通信したい相手がいる場所の濃度も低いとは限らない。実質的に、無線通信は使えない状況がずっと続いているのだ。
毎回確認はするものの、今日も無線が使えるような幸運には恵まれなかった。
残念だ。
しかし、ケニチは陽気な声を部下たちにかける。
「よーし、おれたちはついてるぞ。ミヤマの連中をおれたちだけの手で追いかえして脱走者を助ければ、特別ボーナスまちがいなしだ。全員、ショック弾の装填を確認しろ!」
部下たちがそれぞれ持っている武器を確認する。コースケがケニチにも小銃を手渡してくれた。ケニチもすばやく弾倉を確かめた。
「コースケ、信号弾を撃て。来客発見、戦闘の可能性あり」
「了解、隊長」
コースケは信号弾を手早くセットして、打ち上げた。
上空で破裂した信号弾は緑の煙と白の煙を残す。
「いいか。知ってのとおり、おれたちのボスは客人をけっして見捨てない。ヤマウチ魂ここにありってところを、客人にも、ミヤマの連中にも、きっちり見せつけてやろうじゃないか! ほれ、どうした、もっととばせ! 客人を待たせるな!」
ケニチの声に、ソーラーカーがさらに加速する。加速にあわせて、ケニチの胸が躍った。
思わずケニチは自分を笑った。困難な状況ほど血がさわぐなんて、つくづく業が深い。
「隊長、輸送機が着陸しそうです」
部下のトモが言った。
双眼鏡を目にあてなおして、ケニチは状況を確認する。トモの言葉どおり、輸送機は着陸態勢に入って低空まで降りてきている。ケニチたちの進行方向およそ二キロメートルの距離だ。
「よし、騎兵隊の到着を華々しく知らせてやれ。コースケ、もう一度信号弾。緑、白だ!」