悪夢
通りをまっすぐ疾走しながら近づいてくるアウムは、いい的だった。
シオンは、撃った。
命中。
車両型は機動力重視のアウムで、装甲が比較的薄い。前回の虫型にはさんざん苦労させられたが、今回はあっさりと装甲に穴をあけることができた。
しかし、大きな損傷はあたえられなかったようで、アウムはスピードをゆるめない。
もう一発撃ちこもうとした瞬間、シオンはアウムの上部についた機銃が自分に向けられたことに気づいた。
反射的に身を伏せる。
直後に無数の銃弾が鐘楼に撃ちこまれた。
鐘楼を形づくっていた石と木の破片が降り注ぐ中、シオンは階下に転がり落ちるようにして逃げた。
「大丈夫か、シオン!」
駆けつけてきたコースケが、シオンを助け起こしてくれた。
「火力、強すぎ……」
「当てたのか?」
シオンはうなずく。
「一発だけ。装甲は、この前のより薄い」
「なら、まだなんとかなるかも。市街地では、タコの援護もあまり期待できないからな」
コースケは弾倉を確認すると、持っていた小銃をシオンに手渡してきた。
「これを使え。おれが持っているよりも、シオンが持っているほうが役に立つだろう」
シオンは黙って小銃を受け取った。狙撃銃は鐘楼に置いたまま逃げてきたので、丸腰だったのだ。
問いかけるようにコースケを見と、コースケは笑った。
「おれは、これ」
小ぶりのナイフを抜いてみせる。
先日のアウムとの遭遇戦では、流民の一人が荒野の石でアウムに立ち向かっていた。愚かなことをすると思ったものだが、ちいさなナイフでアウムと戦うのも大差ない。
しかし、他に使えるものはないのだ。
シオンはコースケの肩をたたき、感謝をこめてうなずきかけた。
C55S型自律攻撃兵器に搭載されている人工知能は、周囲の状況を再判定して、脅威度を更新した。
建造物にいた狙撃手の排除に成功。敵対的ターゲット、なし。
第一目標、カズマ・ヤマウチ。第二目標、ソーマ・ヤマウチ。第三目標、リツカ・ヤマウチ。第四目標、オリオ・ミズハラ。優先目標がいる可能性が高い場所は、タウンホール地下の特別室。
障害を排除しつつ、目標の破壊を目指す。
タウンホール到着まで、あと十秒。
オリオは、リツカとともに走っていた。
向かっている先は駐機場である。リツカは真っ先に父のもとに駆けつけようとしたのだが、オリオがそれを止めたのだった。操翼士ならば、まず飛んで空から助けることを考えなければならない。
実際問題として、リツカが素手でアウムに対してできることはない。しかし、タコに乗っていれば、地上にいる者を援護することはできるはずだった。
そう伝えると、リツカは不安そうに言った。
「オリオ、わたし、撃ったことない」
オリオはなんでもないことのように肩をすくめてみせた。
「当てる必要はありません。近くに着弾すれば、ほとんどの場合アウムはターゲットをタコに変えます。そうしたら、こちらは回避行動をとりながら遠ざかる。これで、地上にいる人の時間稼ぎができます」
それでもリツカは不安そうだった。操翼士としての技術は上達していても、まだ経験がすくないのだ。
「安心してください。お嬢さまはわたしが守ります。けっして――」
言いかけたオリオは、前方から接近してくるものに気づいた。
車両型アウム。
オリオはリツカの腕をつかんで建物の陰に隠れる。
後方をふり返ったが、タウンホールの方角からも銃声が聞こえる。そちらにもアウムがいるのはまちがいない。
アウムが二機。
一機だけでも珍しいのに、二機同時に出てくるなんて、悪夢のようだった。




