魂の赤
オリオはふらつきながら、ゆっくりと起き上がった
八十ミリ砲の爆発は、そのほとんどをゼロが受け止めてくれたおかげで、オリオの体は無傷だった。ただ、大きな爆発音のせいで、耳がおかしい。
オリオは頭をふる。
まだ耳鳴りがしているが、大丈夫だろう。
跳躍してチノ方面に向かったゼロの姿を、オリオは見送った。ゼロにとって、タコを失ったオリオはもはや脅威ではないのだろう。相手にする価値さえない、ということなのだ。
こみ上げてくる激しいくやしさを、オリオはかみ殺した。
もう一度タコに乗りこんでゼロと対峙したとしても、その鉄壁の防御を破れるとは思えない。もうこれ以上、オリオにできることはないのだ。
跳躍から着地したゼロに、さらに八十ミリ砲が命中するのが見えた。しかし、今度もゼロは砲弾をアームで受け止めて、ダメージはなさそうだった。
ゼロは装甲車に向けて円盤を放つ。装甲車はなすすべなく破壊されてしまった。
圧倒的すぎる。やはり、人間はゼロには勝てない。
オリオは絶望して、地面に横たわった。
赤いタコの残骸が、オリオの目に入ってきた。クリストファーから借りた赤いタコである。返すべき相手を死なせ、返すべき機体も壊してしまった。
それでも、その残骸の鮮やかな赤がオリオの心に語りかけてくるような気がした。
かつて、クリストファーは言っていた。この燃えるような赤い色は、心をふるい立たせるための赤なのだ、と。弱い自分の心にうち克つための色なのだ、と。
そう、これはクリストファーの魂の赤なのだ。クリストファーは、この赤い色に勇気づけられながら飛び続け、「不屈」の名声を手に入れた。なのに、その魂を託されたオリオがなぜあきらめようとしているのか。
オリオは歯を食いしばって立ち上がった。胸も右肩も痛む。
しかし、不屈の男クリストファー・コーならば、別のタコを見つけて乗りこみ、幾度でもゼロに挑みつづけるだろう。オリオにだってできる。できないはずがないのだ。
オリオは赤いタコの残骸に手を当てる。力が湧き上がってきた。
まだ終わってはいない。やってやろうじゃないか。
オリオは防護マスクをかぶりなおすと、チノに向かって走りだした。
巨大アウムには、合計八発の八十ミリ砲が命中した。しかし、目立った損傷は与えられていない。その一方で、砲弾を放った装甲車は、すべて巨大アウムの円盤に切り裂かれて破壊されてしまっている。
アムリーシュ・カーンはタコに乗って、空からその様子を苦々しく見ていた。通常の兵器では、この巨大アウムには太刀打ちできないのだ。
あまり使いたくない手じゃが、これしかないかのう……。
アムリーシュは深呼吸をすると、巨大アウムの真上から降下をはじめた。
アムリーシュ機の接近に気づいたアウムが円盤を放ってくる。アムリーシュは機体をひねりながらこれをかわすと、出力ペダルを踏みこんでさらに加速した。
そして、緊急脱出レバーを引く。
空中に射出されたアムリーシュは、パラシュートを開きながら機体のゆくえを見守った。アムリーシュが捨てたタコは、まっすぐにアウムに激突した。
「おおおおぉぉぉっ!」
タコの体当たり攻撃を受けたゼロは、絶叫した。
加速されたタコの機体が、ゼロのアームを粉砕してその体を切り裂いたのである。第二、第四の二本のアームが機能不全を起こしていた。痛みはないが、この体に損傷を与える行為そのものが許しがたい。
ゼロは自分にダメージを与えた操翼士をにらんだ。機体から脱出して、パラシュート降下中である。
「許さん殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
ゼロは憎たらしい操翼士を殺すため、第一アームのカッターディスクを起動した。
アムリーシュは、アウムが円盤を投じる構えに入ったことに気づいた。
このままでは、やられる。
もう十分すぎるほど生きたし、後進たちに伝えるべきことも——この巨大アウムを破壊するヒントも含めて——伝えた。
だからといって、死の運命をかんたんに受け入れるつもりはなかった。
「来い! このわしを殺せるものなら、殺してみせよ!」
アムリーシュは絶叫した。
ゼロへのはじめての大ダメージは、灰色の魔術師アムリーシュがもたらした。
戦況は膠着し、激しい消耗戦の様相を呈しはじめる。
次回、『危機感』をお楽しみに。