緊急事態
ゴー・スズキは、目の前で護衛の二人がやすやすと倒されるのを見た。
まったく、ついてない。
黒騎士の来訪を受けてひどい目にあわされたのが、昨日。いったん黒騎士に言われたとおり、これまでと変わらず組織を取り仕切ることにしたが、念のため護衛をつけておいたのだ。どちらも腕っ節には自信のある男たちだったが、来訪者が連れていた兵隊の前になすすべもなかった。
来訪者はおだやかな笑みを浮かべながら、ゴーに話しかけてくる。
「急な訪問でおさわがせしてすまない。座ってもいいかな?」
「好きにしろよ」
ゴーはあきらめて両手を挙げた。
「ありがとう。わたしはカズマ・ヤマウチだ」
なんだと?
あらためてゴーは相手を見た。そこそこ男前という以外、とりたてて特徴のない中年男だ。この男が、この地を統治するヤマウチ・エンタープライズの社長なのか。
「昨日は黒騎士、今日はカズマ社長。まったく、おれも大物になったもんだ」
「その大物元締め氏の名前を教えてくれるかな?」
カズマはあくまでもにこやかだ。
ゴーは一瞬迷ったが、素直に名乗ることにした。ヤマウチ・エンタープライズが本気で身元を調べれば、ゴーの正体などすぐにわかってしまうだろう。嘘をついていて後々面倒なことになるのは嫌だ。
「おれは、ゴー・スズキだ」
ゴーの言葉にカズマがうなずく。
「よろしく、ゴー」
「それで、カズマ社長がおれなんかにどんな用だ?」
「このヤスダは活気があっていい。領内の町の中でも、成長度はトップクラスなんだ」
「だから?」
「人が増えれば、大規模な娯楽が必要になる。ゴー、きみの商売が成立しているのは、そうした需要に支えられているからだ」
「娯楽、ね」
ゴーは思わず笑った。統治者の立場でゴーの仕事を娯楽と表現するのは、なかなかに度量が広い。
「そうだ。わたしは聖人君子を気取るつもりはないからね。賭博や性風俗といったものは、人間の本能に結びついた娯楽なのだと思っている。先代からの暗黙のルールとして、これまでは、領内で行われているこうした『裏稼業』は見て見ぬふりをしてきた。しかし、その利益の上前をアサオ家に持っていかれるのはしゃくに触る。で、正式な会社のサービスのひとつとして提供しようかと思っているんだ」
「そりゃあ、前代未聞だな」
「何事も、最初は困難がともなう。そこで、このヤスダの裏稼業を取り仕切ってきた君の実績を評価して、一緒にやっていきたいのだ」
本気で言っているのか?
ゴーはカズマの表情をうかがった。冗談を言っている様子はない。領内の全員を社員に登用するなど、常識では考えられないことを次々と成し遂げてきた名物社長だ。型破りなのは当たり前である。
「おれをヤマウチ・エンタープライズの社員に?」
「もちろん。ただし、守ってもらわなければならない条件は多いぞ。第一に、アサオ家とは縁を切ること。仕事については、盗みも密輸も禁止。犯罪行為は処罰の対象になる。許可されるのは賭博と性風俗だけ。賭博では、イカサマは禁止。性風俗では、未成年の就労を禁止する。あとは、働く女性たちの意志を尊重すること。別の仕事をしたいなら、喜んでそちらに転属させる。本人の意に反して仕事を強要してはならない」
「本気でそんなことができると思ってんのか?」
「さあね。他の仕事を選択できる状況で、どれだけの女性たちがこの仕事を続けたがるかは未知数だしね。でも、さっきも言ったとおり、はじめての事業には困難がつきものだ。だからこそ挑戦する甲斐がある」
なかなか面白い提案ではある。町の守備隊から隠れて暮らすより、ずっと気持ちも楽だろう。なにより、傲慢でいけすかないアサオ家の連中の指示に従わなくてもいいのが魅力だ。
「女たちも社員にしてもらえるのか?」
「もちろん。客がついてもつかなくても、最低限の給与は保障する」
カズマはおだやかな表情を崩さない。
まったく、たいした男だ。ゴーはいつの間にかカズマの提案に乗り気になっている自分に気づき、苦笑した。
「おかしな人だよ、あんたは」
「それは――」
カズマが口を開きかけた瞬間、鐘が鳴った。
休みなく連打される鐘の音。緊急事態だ。流民かアウムの襲撃のようだ。




