愛しい人
「隊長」
ルナがナツオの腕を引く。暗い工場の中で孤立して二人きり。ルナの体温が心地よく感じられた。
「なんだ。そんなに心細いのか? なんなら——」
軽口を叩こうとしたナツオを、ルナが小声でさえぎる。
「静かに。ライトを消してください」
ルナの緊迫した口調に、ナツオはあわててライトを消した。暗闇が周囲を包みこむ。ナツオの耳元で、ルナがささやいた。
「通路の先を見てください」
ライトを消してしまったら、見るもなにもない。真っ暗なのだから……。
そう思ったナツオだったが、廊下の先を見て息を飲んだ。弱い光が廊下の先に見えるのだ。しかも、動いている。
味方か?
いや、工場の電力が失われても、アウムや作業ロボットは充電が切れるまでは稼働し続けるのだ。敵の可能性もある。
ナツオは小銃を構えると、足音をたてないようにゆっくり前進をはじめた。
ミズは、明かりのともった部屋の中を歩き回っていた。
すでに予備電源の設置と稼働という任務は果たしている。その後はこの部屋での待機および警備をするように命令が出ていたが、じっと待っていることができなかった。
なにか、大切なことを忘れているような気がするのだ。ミズにとっては、自分自身よりも優先させるべき重要なことだったはずなのだが、それがなにかを思い出すことはできなかった。
そのことが、ミズをひどく不安にさせている。
強化されたミズの聴力は周囲のさまざまな音を知覚していたが、その分析よりも不安の原因を探るほうがミズにとっては重要だった。
頭の中に浮かぶおぼろげなイメージを追いかけるが、すぐに消えてしまう。しかし、それは人間であったような気がした。
人間。
そう、ミズにとって大切な人間だった。強くて唯一無二の男。その男がミズを愛し、満たしてくれていた。
その男の名は……。
ミズは必死になって考えたが、なぜか思い出すことができない。ミズは苦しくて、身もだえした。
そこに、二人の人間が飛びこんできた。ミズに向けて、小銃を撃ってくる。ミズは反射的にショックウェーブ兵器を二人に向けたが、相手の一人を見て動きを止めた。
その男のたくましい体が、大切な男を思い出させたのである。
いや、もしかするとこの男こそがミズの大切な男なのではないか?
そう思うとミズはいてもたってもいられなくなり、男に向かって手を広げて歩み寄る。
(ねえ、わたしよ。おぼえてないの?)
高周波で呼びかけたが、男は銃を撃ち続ける。ミズはそれでも、男を抱きしめた。
「くそっ、はなせ!」
男が言った。
いやよ。はなさない。やっと会えた、愛しい人なんだから……。
「隊長をはなしなさい、この化け物」
もう一人の女が、ミズの頭部装甲の隙間に銃口を突っこんでくる。
ミズは首をふった。
いやよ。絶対にだめ。さてはあなた、この人を私から奪うつもりじゃ——。
次の瞬間、女の銃が火を吹いて、ミズは永遠の闇へ落ちていった。
ナツオは自分の体にからみついた生体アウムの腕をふりほどき、立ち上がった。
「ルナ、助かったよ。……いてて。この生体アウム、力まかせにつかみかかってきやがって。いったいなにを考えていたんだか」
「よっぽど隊長のことが好きだったみたいですね」
ルナは薄く笑いながら言った。ナツオは鼻を鳴らす。
「ふん。生体アウムも、俺の魅力を前に理性を失ったか」
「生体アウムにだけ通じる魅力をお持ちのようで。さすがです、隊長」
ナツオは首をふってため息をついた。ルナの皮肉に答える元気もない。
室内を見回して、一角に設置された装置に歩み寄る。
「これは……なんだ?」
「小型の電源装置のようですね。主電源が破壊されてもシステムが完全に停止しないように、工場側が用意していたのでしょう」
「じゃあ、ぶっ壊して息の根を止めてやろうぜ。と言いたいところだが、今ので銃弾を撃ち尽くしちまった。ルナ、そっちはどうだ?」
ナツオが問いかけると、ルナは小銃の弾倉を確認して首をふった。
「残弾三発です。でも、そもそも銃で撃ったらまずい気がします。その真ん中の丸い物、明らかにこの電源装置の中核ですけど、間違いなく高圧のなにかですよ。壊したら破裂して、わたしたちも無事じゃ済みません」
「そうか。じゃあ、ほかの方法を考え——」
ナツオはそう言いかけたが、部屋の入り口から入ってくる作業ロボットの姿が目に入って即座に動いた。小銃を棍棒がわりに振り回して、ロボットを殴る。ロボットは首が折れ曲がり、その場に崩れ落ちた。
部屋の外の通路を見ると、他にも無数の作業ロボットが近づいてきていた。
「くそっ、まずいぞ。団体で来やがった!」
手元の武器は、残弾三発の小銃のみ。それに対して、敵は数え切れないほどの数だった。
工場内に取り残されたナツオとルナに残された、最後の道とは……。
次回、『爆発』をぜひお楽しみに。




