新時代の神
ケー・オノデラは、輸送機に乗っていた。輸送機はヤマウチ領ヤスダから無事に飛び立ち、チノに向かって南下はじめたところである。
チノから派遣された上級査察官であるケーだが、ヤスダでは散々な目にあわされた。監禁され、アサオ兵に脅されて失禁までしてしまったのだ。チノの統治機構の中で順調に出世してきたケーにとって、これまでの人生で最大の屈辱だった。
まず、アサオ家の反逆は明白なので、すべての財産を国が没収して解散させることは決まりだ。しかし、ヤマウチ家のこともケーは許せなかった。そもそも、ヤマウチ家がアサオ家と争うようなことがなければ、ケーがこんな僻地まで来る必要はなかったのだ。ヤマウチ家とて、他の領主たちと同じで、たたけばホコリが出るはずだ。罪状はなんでもいいから、理由をつけてヤマウチ家の財産の三分の一くらいは没収してやらなければケーの気が済まない。
しかし、本当の問題は、別にある。
ケーは、護衛隊の隊長であるモエ・ナガオカを見た。この女隊長は、そもそも最初にアサオ兵に包囲された時、抵抗もせずに降伏した。その結果が地下室への監禁につながったのだから、責任は重大だった。チノへ戻ったらすぐに解任して、二度とまともな職につけないようにしてやりたい。
だが、それは危険だった。モエをはじめ護衛の兵士たちは全員、ケーがアサオ兵に脅されて失禁したみじめな姿を見ている。もしも彼らがチノでそのことを周囲に話せば、ケーの評判は地に堕ちるだろう。もしもケーが彼らを解任したら、彼らはケーに対する復讐のために、話をおもしろおかしく脚色して吹聴してまわるにちがいない。
彼らの口を封じるには、どうすればいいだろうか?
口止めのために、便宜をはかってやるか。いや、そのような利益供与は、要求がエスカレートしていくのが常だ。いつかは手に負えなくなる。となると……。
やはり、殺すしかないのか。
ケーはため息をついた。こういう乱暴な手段は好きではない。しかし、どうしても必要な場合もあるのだ。過去に二度、ケーはライバルを事故に見せかけて殺したことがある。もちろん、ケーが直接手を下したわけではない。殺人と隠蔽工作を商売にしている者がいるのだ。
殺人の依頼は高額なので、モエとその部下全員となると、莫大な金額になる。費用をすぐに用意することは難しいかもしれない。しかし、アサオ家やヤマウチ家の財産を没収する際に、うまく処理をすれば数パーセントはケーの懐に入れることができる。費用はそこで捻出できるだろう。
「オノデラ上級査察官、どうしました?」
モエがケーの視線に気づいて、問いかけてきた。
「いや、なんでもない。今回は、君たちにとても助けられたと思ってね。なんとか恩に報いたいが、どんな方法がいいかなと考えていたんだ」
そう答えて、ケーは笑った。
ゼロ・ラグナは、荒野で横たわっていた。
わずかに残った人間の肉体部分の感覚が、太陽の熱の刺激を受けて敏感になっているのがわかる。太陽の熱は、えもいわれぬ心地よさがあった。
新しく手に入れた鋼鉄の体は、とても調子がいい。八本のアームはすべて手にも足にもなり、しかも強力な武器が埋めこまれている。さらに、アームの曲面構造は、銃器やニードルガンなどの弾丸をはじくことができる。まさに攻防一体の、無敵の体だった。
工場のネットワークにつながっていないと、頭に流入してくる情報量が少ないのでやや不安になるが、それにも慣れてきた。このまま工場には戻らず、チノに向かおうかという気にさえなってくる。
チノか……。
タカヤマの東で見つかったという大規模な工場に対するハンマーストライクが実行されたというから、チノの守りは手薄になっているはずだ。今頃チノでは、ゼロが送りこんだアウムたちがチノの人間どもを蹂躙していることだろう。本来ならば、チノの発電施設を確保したという報告が届いた時点でチノへ歩いて向かうつもりだった。
普通の人間の徒歩と比べれば、ゼロの徒歩は格段に速い。しかし、それでもやはり、時間がかかりすぎる。ゼロは一刻もはやくチノに入って覇を唱えて、愚かな人間どもに新時代の到来を告げてやりたかった。
ゼロの未来予測ユニットは、アウムがチノの攻略に失敗する確率を一パーセント以下と判断している。やはり、チノからの報告を待たずに出発するべきだろう。
ゼロは、チノへの出発を前倒した場合の結果を未来予測ユニットに評価させはじめた。
おや、この音は?
ゼロの強化された聴力が、かすかな音をとらえた。人間が使う輸送機のエンジン音である。ゼロは空を見上げた。
見えた。ゼロのいる位置から見て西の方角に一機、北から南に向かって飛んでいる。翼のマークから、国有機であることがわかる。
ゼロは自分の新しい体の力をためしてみたくなって、体を起こした。
西に向かって跳躍する。人間だった頃には考えられないような大跳躍ができて、ゼロは興奮した。眼下を、大地が飛ぶように流れ去っていく。
最高の気分だった。
いいぞ、次は武器だ。カッターディスク、一番から四番を起動。
四本のアームの先端に薄い金属製の円盤が装填されて、高速で回転をはじめる。
輸送機の高度と位置から、あと四回の跳躍でカッターディスクの射程に入ることがわかった。ゼロは跳躍を繰り返し、輸送機に接近していく。
よし、射程にとらえた。
ゼロは四本のアームから同時に円盤を放つ。円盤は高速で回転しながらまっすぐに飛び、輸送機の機体を寸断した。
輸送機は、空中でバラバラになって落ちていく。輸送機の残骸が次々に地面に叩きつけられる音を聞きながら、ゼロは完全に満足していた。
見ろ、この圧倒的な力を! もはやこの新時代の神、ゼロ・ラグナを止められる者など、どこにもいないのだ!
タカヤマの東で戦う操翼士たち。アサオ領へ交渉に向かうヤマウチ家の面々。そして、邪悪の権化、ゼロ。
彼らの運命は、チノで交錯する。長きにわたる因縁の結末やいかに?
次回よりいよいよ最終章がスタートします。どうぞお楽しみに!




